香西 昭夫(こうさい あきお、1930年9月19日[1] - 2012年8月25日)は、日本の実業家住友化学社長を務めた。香西精の長男。香西泰は弟。

経歴

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兵庫県神戸市出身[2]1954年東京大学法学部を卒業し、同年に住友化学工業に入社[1]

1983年3月に取締役に就任し、常務、専務を経て、1993年3月から2000年6月までに社長を務め、2000年から会長を務めた[1]。社長在職時には、シンガポールの石油化学プロジェクトの拡張などを行い、クローバルカの推進と収益基盤の強化を行った[3]

2000年から2004年までに日本経済団体連合会副会長を務め、日本企業が国際競争に勝ち抜くための提言をまとめ、映画やゲームなどのコンテンツ産業の振興に尽力した[3]

日本化学工業会会長、住友精化取締役、稲畑産業取締役、住友生命保険取締役なども歴任した[1]

2012年8月25日肺がんのために死去[4]、81歳没。

脚注

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  1. ^ a b c d 人事興信所 2003, こ135頁.
  2. ^ 1993年 2月17日 日本経済新聞 朝刊 p12
  3. ^ a b 2012年 9月28日 日本経済新聞 夕刊 p28
  4. ^ (おくやみ)香西昭夫氏が死去 元住友化学工業(現住友化学)社長: 日本経済新聞2012年 8月30日 日本経済新聞

参考文献

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  • 人事興信所 編『人事興信録 第42版 上』人事興信所、2003年。 
先代
森英雄
住友化学工業社長
1993年 - 2000年
次代
米倉弘昌