高島忠平

日本の考古学者

高島 忠平(たかしま ちゅうへい、1939年12月 - )は日本考古学者佐賀女子短期大学元学長。学校法人旭学園理事長。邪馬台国九州説を唱える人物の一人で「ミスター吉野ヶ里」と呼ばれる。福岡県飯塚市出身。

略歴・人物編集

  • 福岡県立嘉穂高等学校卒業。
  • 1964年に熊本大学法文学部文科東洋史専攻を卒業。奈良国立文化財研究所を経て1974年より佐賀県教育委員会勤務。
  • 1989年より行われた吉野ヶ里遺跡の発掘調査に際し、保存設備の計画・指揮をとる吉野ヶ里遺跡保存対策室長に就任。
  • その後、佐賀県教育委員会副教育長、兼県立名護屋城博物館館長などを務めたのち公職を退任。1999年より佐賀女子短期大学教授に就任し、2002年から2010年3月までは同短大学長を、退任後は同短大を運営する学校法人旭学園の理事長を務める。

主な著書編集