1566年のバーゼル上空の天文現象

1566年のバーゼル上空の天文現象(1566ねんのバーゼルじょうくうのてんもんげんしょう)は、スイスバーゼル上空の天文現象の、一連の集団目撃である。 1566年のバーゼルのパンフレットは、異常な日の出と日の入りを記述している。 天文現象は、登りつつある太陽の前の空で無数の赤と黒のボールという形で相「戦われた」("fought")と言われた。 報告は、歴史家と天文学者の間で議論されている。 現象は、一部のUFO研究者によって未確認飛行物体の間での空中戦であると解釈されている。[1] 歴史家サミュエル・コッチウス(Samuel Coccius)によって書かれたリーフレットは、それを宗教的事象として報告した。[2] バーゼルのパンフレットは、この種類の唯一のものではない。 15世紀と16世紀に、多くのリーフレットは、「奇跡」("miracles")と「空の光景」("sky spectacles")について書いた。[3]

1566年 バーゼルのリーフレット(Flugblatt) サミュエル・アピアリウス(Samuel Apiarius)とサミュエル・コッチウス(Samuel Coccius)による

歴史編集

事象は、1566年にスイスのバーゼルで起こったと報告されている。 サミュエル・コッチウスによれば、7月25日-28日と8月7日に、バーゼルの多くの地元の目撃者は、3つの天文現象を見たと報告した。 第1は、異常な日の出として、第2は、赤い太陽が昇るのとともに皆既月食として、第3は太陽の前の黒い球の大群として記述されている。

記述された現象編集

ブロードシートのテクストは、以下のような記述に翻訳することができる:

"それは、1566年に、7月27日と28日に、それから8月7日に、日の出と日の入りを背景に、起こった。われわれには、バーゼル上空の空に複数の奇妙な形が見えた。
1566年、7月27日、太陽は澄んだ明るい空に暖かく輝いていて、そしてそれから午後9時ころ(then around 9 pm)、突然、異なった色と形をとった。第1に、太陽はすべての輝きと明るさを失い、そしてそれは満月なみの大きさで、最後にそれは血の涙を流しているように見え、彼の背後の空気は暗くなった。そして彼は、都市と田舎の人々すべてによって見られた。ほとんど同じふうに、月もまた、すでにほとんど満月で、そして夜じゅう輝いたが、空でほとんど血の赤いろをとった。翌日、日曜日、太陽は6時ころに昇り、以前に横たわっていたときにとった同じ見かけで眠った。彼は、あたかもすべてのものが血の赤で、燃えているかのように、家々、通り、そして周辺を照らした。8月7日の夜明けに、われわれには、大きな黒い複数の形が速い速さで行ったり来たりし、太陽の前に降水が見え、そしてわれわれはあたかもそれらが闘いの先頭に立つかのようにお喋りした。それらの多くは燃えるように赤く、まもなく砕け散り、それから姿を消した。英語版[要出典]

脚注編集

  1. ^ William J. Birnes: The Everything UFO Book. S. 21-22.
  2. ^ Ulrich Magin: Ein Ufo im Jahr 1561? - pdf-Dokument (deutsch).
  3. ^ Wiebke Schwarte: Nordlichter. S. 88-99.