Wikipedia‐ノート:井戸端/subj/卒業論文は信頼できる情報源として使用可能か

最新のコメント:11 年前 | トピック:博士論文について | 投稿者:114.48.57.61

博士論文について

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Bugandhoneyさんが示した外部リンクは前から存じていました(とかいうと嘘臭く聞こえるかもしれませんから、外部の掲示板に昨晩のうちに証拠を残しといてよかったです。もっと前にそういう残し方をすることを思いついておけば、かなり前から知っていたことをもっとはっきり証明できたはずですが)

で、その文部科学省のページには「作成者による「印刷公表」が義務付けられている」「作成者による「印刷公表」とは、「単行の書籍又は学術雑誌等の公刊物に登載すること」を意味することとされている(昭和28年大学学術局長通知)」(強調引用者)とも書かれていることはなぜ紹介しないんですかね。

特に理系の場合、あまりにも専門性が高いテーマだと市販しても売れないのは当たり前ですし、理系の博士号取得者の方が圧倒的に多いんですから、全体としてみれば実態として公刊に至らないケースが多くなるのは当たり前でしょう。

ですが、文系なら現に公刊されている事例はかなりある。省令と局長通知で義務付けられているんだから当たり前です。あなたは知らないかもしれませんが文部科学省には研究成果公開促進費という助成金があって、博論の中には、そうした助成を受けて大学出版会の類から出されているものだって少なからずある。

>必ずしも出版社から利用可能になるわけではないので

必ずしも利用可能になるわけではないから、最初から無視していいという理屈はありませんよね。最初に本になっているか確認して、なかったら大学や国会図書館に出向いて原論文を閲覧する。アクセシビリティの観点からすれば、そうするのが当然じゃないですかね。ところが、あなたは当初、博論へのアクセスは相当に難しいということを強調するばかりで、公刊にはカケラほども触れませんでした。私が学位規則を示した後でも公刊には、その可能性があることにすら、ひとっことも触れていませんでしたよね

で、私が念押ししたら、「成り行き上、もっぱら課程博士の話をしていました」などと意味不明な釈明(意味不明じゃないというのなら、課程博士は公刊することが全くないという論拠を示してくださいね)とともに、「課程博士で大学院生のうちに本を出すというのは」とか誰もそんな話をしていないまるで見当違いなことをおっしゃった。そんなピントのずれまくった方が「何が問題になっているのかよく分からない」のは当然でしょうね。--Sumaru会話2013年5月9日 (木) 02:20 (UTC)返信

なんで?あんまり話を続けても仕方ないような気がしますが、話題が卒論から博論に移ったのはHASHIDATEさんの2013年4月30日 (火) 17:36の投稿からです。ここで例に挙がっている佐藤雄介著「近世の朝廷財政と江戸幕府」を誰かが出典に使ったら、それを検証しようとすると東大文学部か国会図書館に出かけるしかないです。成り行き上とはそういうことです。論文博士などの例に触れていないのは何も意図的なことじゃないですよ。前から書いている通り、アクセスしやすい文献があればそれを使えばいいのと違いますかね。
課程博士の場合、学位規則と公刊されるかどうかは関係ないでしょ?学部・研究科の事務に製本された所定の冊数を提出すれば、後は事務の人が手続きしてくれて「印刷公表」したことになるので。「一年以内」と言ったところで、例えば2011年度の博論[1]でも大半は出版社から出版されていないという事実に変わりはないでしょ。博士論文は要約版ですら公刊された形で利用できないということは、普通ありえませんというのは、「普通」という言葉の定義にかかってると思いますが、言いすぎだと思いますよ。--Bugandhoney会話2013年5月9日 (木) 13:02 (UTC)返信
>課程博士の場合、学位規則と公刊されるかどうかは関係ないでしょ?
あなたの俺様ルールなんか聞いていませんよ。
ノイズも混じっていますが、課程博士の論文を書籍化したものの書評が多く含まれているのは、オープンアクセスをいくつか見れば明らかだろうと思います。これらはあくまでもCiNiiで全文検索可能な雑誌に書評が載った博士論文の書籍化であり、実際にはこの件数を多少割り引いた数字の数倍の書籍(つまり数千程度)が、どんなに少なく見積もっても出されてきたのは明らかでしょう。
で、ウィキペディアの編集で、そこから漏れるような専門性が非常に高く対象が限られる(たとえば英語版にも記事がないような希少微生物の分析だとか、学部レベルだと理系でも知らないような化合物についての特殊な分析だとか)の博士論文を閲覧しないといけない事態って、どれほどありえるんでしょうか。あくまでもウィキペディア内のレファレンスの話でしたから、「普通」ってのはそういう意図でした。もちろん、それをありとあらゆる博士論文は必ず公刊される、という意味の「普通」に受け止められたのなら、言葉足らずについては謹んでお詫びいたします。
さて、
>前から書いている通り、アクセスしやすい文献があればそれを使えばいいのと違いますかね。
って何ですか。「前から書いているとおり」って課程博士の論文が公刊される話を認識なさらず、一言も触れていなかったことをすりかえて、ずいぶん無茶をおっしゃいますねえ(笑)。あなたにとってはアクセスしやすい文献の例として、上のCiNiiの検索から推測される数百から数千の書籍は触れる価値もないってことですかね。--Sumaru会話2013年5月9日 (木) 13:35 (UTC)返信
情報提供どうもです。Sumaruさんが挙げたような書評は、今まであまり読んだことはないのですが、もちろん、これらで評されている書籍が触れる価値もないなどということではないです。というか、書評があるというのは信頼性を評価するうえでプラスに働くでしょう。博士の学位論文が基になっているかどうかというのはあまり関係ないような気がします。そういう文献をウィキペディアの出典に使うのがよいというのはまったくその通りだと思います。
しつこくて申し訳ないのですが、課程博士の学位規則と公刊されるかどうかは「俺様ルール」ではなくて関係ないです。学位論文が公刊されなくても博士号はもらえますし、取り消されるわけでもないです。博士号を取得する人の中には、その前後で博士論文が公刊される人もいるということです。学位取得後に論文の原稿を公刊しようとする人は、学位規則を守ろうとしているのではなくて、自分の研究業績をより幅広く認知してもらうためにそうしているのだと思います。
「普通」に関してはよく分かりました。ただ、論点がずれてるんじゃないですかね。出典に使える文献の条件を議論していて、HASHIDATEさんがこの方が博士として同様の論旨を発表なさっている場合は(中略)書く事にそれほど問題ございませんと始めて、IPユーザーの方が、発表とは「雑誌」や「単行本」への掲載の事ではないでしょうか(中略)出版物とならず研究機関のサイトのみで閲覧できる論文は、独自研究の域を出ないということではないでしょうかと続けて、それに私が、博士の学位論文は学術論文でも引用されることはありますから、一般論としてウィキペディアで出典には使えないというのは無茶でしょう。ただし、検証するのはかなり面倒くさいです。東大文学部の場合、基本的にそこまで出かけることになるでしょうが、国会図書館にも一部行っているはずですし、外部サービスを利用すれば購入可能です、というふうに応答しています。Sumaruさんが加わるまでの流れでは、卒論同様に、外部の媒体に発表されていない博士論文の話をしていたはずです。博士論文に信頼性がないはずがないし、外部の媒体に発表されていないとしても検証可能なのだから出典には使えるはずだ、というのが私のポイントでした。とはいえ、アクセシビリティの観点から言えば外部の文献に発表されているもののほうが好ましいのは言うまでもないですが(研究内容が確認できればよいのであって、発表されたのが学位取得の前か後かというのは問題にならないと思います。少なくとも理系は)。--Bugandhoney会話2013年5月9日 (木) 15:36 (UTC)返信
>そういう文献をウィキペディアの出典に使うのがよいというのはまったくその通りだと思います。
なのにそれには一言も触れず、それどころか「「論文博士」にカテゴリされている方たちに関しては、仰るとおり、Amazonなどで探せば同名の書籍が手に入ります。論文博士のことを意図的に無視しようとしたわけではないのですが、成り行き上、もっぱら課程博士の話をしていました」などと、「本を出している論文博士」と対比して、あたかも課程博士の本など無いか、あるとしても例外的だといわんばかりの失礼極まりないコメントを連発していたことはスルーですか。
>学位論文が公刊されなくても博士号はもらえますし、取り消されるわけでもないです。
あたりまえでしょ。誰もそんな話をしていないし、そんなばかげた規定は学位規則にだってないんですから。
省令と局長通知で博士号をとったら公刊しろと義務付けられている。で、1年以内ではないにしても公刊している人が山ほどいる。その相互関係を「関係ないです」と断言しておいて、その根拠が
>学位規則を守ろうとしているのではなくて、自分の研究業績をより幅広く認知してもらうためにそうしているのだと思います。
って何ですか?
たとえば「学位規則でも義務付けられていることだし、広く認知してもらうのにも都合がいい」と判断して出している人たちがいないとなぜ断言できるんですかね。ちなみに私がいた大学院は、毎年春に配られる冊子に学位規則をはじめ複数の関連法令が転載されていたので(今はどうだか知りませんが)、学位規則は馴染みのない法令などではありませんでした。
学術誌の書評をろくに読んだことがないということは、あなたはどこの学会にも所属していない(=学術論文を書いたことがないどころか、学会の大会報告の類すらしたことがない)方なんでしょ。そういう方が「思います」を根拠に断言することが「俺様ルール」でなくて何だというのですか。--Sumaru会話2013年5月10日 (金) 02:07 (UTC)返信
そういうCiNiiに載っている書評を読むかどうかというのは分野によるんじゃないですかね。冊子を配るかどうかというのも大学・研究科によるかと。もらったけど、覚えてないだけかもしれないですけど。自分のことをもう少し気軽に打ち明けられるといいんですけど、そうするといろいろと不便がありますので、勘弁してください。直接的な体験は人それぞれなのに、一般化させすぎたことは反省してます。それで、ここまで引っ張っといてなんですが、もうやめにします。このまま続けても百科事典を作ることに役立ちそうな気はしませんので。申し訳ない。一点だけ誤解のないように申し添えておくと、Sumaruさんに教えてもらった情報は、いろいろと興味深かったです。--Bugandhoney会話2013年5月10日 (金) 20:06 (UTC)返信

嘘を書かないでくださいね。あなたがしたことの1つ目は「直接的な体験は人それぞれなのに、一般化させすぎた」などではなく、経験も知識も無く、事実に基づくことも無く、法令や規則を調査するでも無く、要するに一般化するものなどそもそも無いのに「じゃないですかね」「思います」だのというようするにあなたが「こうだと思う」という適当な思い込みをならべただけで、はっきり言えばただの嘘です。あなたの思い込みなんかどこにも需要なんか無い無意味なものだってだけじゃなくて、ノイズが増えて議論の情報量が下がって有害です。したことの2つ目は、嘘を並べたてているのを見抜かれてSumaruさんにつっこまれても、批判されているのに「補足どうも」などと、さも自分が適切な発言をしていて、Sumaruさんの発言など「補足」に過ぎないかのように貶めて、虚勢をはって体裁を取り繕ったということ。失礼極まりないし、ひとを馬鹿にするにもほどがある。

要するに、誤りを認めず、自分の問題点を自分で認識せず、「自分はあれやこれやのことに対する識者だ」という思い込みを守ろうとしている。一言で言えばそれだけ。自己愛で肥大化した十代の子供とやってることが変わらない。あなたが恥をかくのは勝手ですが、あなたの発言でノイズを増やして廻るのは議論の妨害行為・撹乱行為そのものです。知りもしないことをさも知っているかのように識者ぶって立ち回るのを一向に止めないあなたが、一体何をどう考え直したんですか? オモテの発言もすべて抹消線を引いてそれでようやくプラスマイナスゼロです。Wikipedia名前空間やノートページでの発言をもういいかげんにお止めなさい。あなたの発言の一つ一つが迷惑を通り越して有害です。--ikedat76会話) 2013年5月10日 (金) 20:48 (UTC)書き直し。--ikedat76会話2013年5月12日 (日) 00:31 (UTC)返信

書きやすいように段を下げますが、Bugandhoneyさんへのコメントです。
>そういうCiNiiに載っている書評を読むかどうかというのは分野によるんじゃないですかね。
なわけないでしょ。学会に所属していれば定期的に会誌は送られてきます。CiNiiでヒットする学術誌の大半はそういう「学会誌」です(事情通ぶっているくせに、そんなことすら知らなかったの?って感じなんですが)。で、自分の研究テーマに近い学会に所属しているのが普通なんですから、書評欄は学会のトレンドを知る重要なページです。知り合いやお世話になっている先生方の本が俎上に載ることだってあるのに、流し読みすらしないということはありえません。そして学会誌を一種類でも継続的に見ていれば、課程博士の方の本の書評くらい、普通は目にします。
ikedat76さんは問題点を2つ挙げてくださっていますが、私は看過し得ない3つ目の問題点があったと思っています。それは学術研究者に対する度重なる侮辱があったのに謝罪が一言もなかったことです。
上の最後のコメントにしても、自己正当化のためにはああだこうだと言っていますが、「「論文博士」にカテゴリされている方たちに関しては同名の書籍が手に入ります。論文博士のことを意図的に無視しようとしたわけではないのですが、成り行き上、もっぱら課程博士の話をしていました」についてはスルーしたままですよね。
学位論文が公刊されなくても博士号はもらえますし、取り消されるわけでもないです」「学位規則を守ろうとしているのではなくて、~」も取り消していただきたかったところです。それは要するに「ペナルティがないから、法令で義務付けられたことだろうと守りたいと思う博士号取得者なんて存在しない」といっているのと同じですから。あなた個人が「ペナルティのないルールなんか知ったことか」という人生哲学の持ち主だとしても、普通は違うと思います。一般化させすぎたことが問題という以上に、その内容が非礼きわまりないものです。
ウィキペディアは百科事典であり、百科事典は知の集積の場であるべきです。その知を築くことに貢献してくれている研究者に敬意を払うことはあっても、自分の体面を保つために侮辱を重ねるなど、およそあってはならないことでしょう。そのような発言を重ね、反省のない方が百科事典を編集する場にのうのうと参加しておられることへの強い違和感を表明して、終わりにいたします。--Sumaru会話2013年5月11日 (土) 02:10 (UTC)返信
こちらの井戸端ページでも関連する指摘が挙がっていますが、Bugandhoneyさんは、ウィキペディアの方針や一般常識などの知識が皆無であるにもかかわらず、井戸端ページでの議論に常習的に口を差し挟んでいます。こちらの井戸端ページでの指摘を目にしているはずですが、いまだ態度が改まらないどころか、ウィキペディアの方針に従う意思表明すら拒んでいます。Bugandhoneyさんにおかれては、ウィキペディアのルールやマナーを無視しなければならない特別の事情でもあるのかもしれません。しかし、そのような行為はウィキペディア全体に対する悪質な妨害工作であり、利用者らに対する嫌がらせにしかなりません。いますぐ態度や言動を改めていただくか、もしくは、ウィキペディアの利用をおやめいただくか、二つに一つではないでしょうか。--114.48.57.61 2013年5月12日 (日) 12:07 (UTC)返信
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