劉 虎(りゅう こ)は、中国後漢末期の武将。本貫は兗州山陽郡高平県[1]。
荊州牧劉表の従子。劉表の指示を受け、江夏太守黄祖の下に武将として派遣される[2]。
韓晞と共に長矛隊五千を率い、黄祖軍の先鋒を務めていたが、建安4年12月11日(200年1月13日)、孫策との戦いに敗れ、戦死した[2][3]。