三瀬 雅康(みせ まさやす、1929年4月23日 - 没年不詳[1])は、福岡県出身のプロ野球選手内野手)。

来歴・人物

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福岡県立門司商業高等学校から門司鉄道局を経て、1954年に新規設立された高橋ユニオンズへ入団。二塁、三塁、遊撃を守り内野手のリザーブとして活躍した。ヴィクトル・スタルヒンが日本プロ野球初の300勝投手となった1955年9月4日大映スターズ戦では7番二塁手として先発出場し、初回に好守で併殺を取り、2回には先制打を放ち300勝達成に大きく貢献した。

しかしオフの大量解雇の煽りを受け、この年限りで引退した。

詳細情報 

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年度別打撃成績

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O
P
S
1954 高橋
トンボ
50 95 80 10 16 0 0 0 16 2 6 5 5 0 10 0 0 18 0 .200 .289 .200 .489
1955 126 323 294 28 56 10 2 0 70 14 11 13 12 1 16 0 0 53 2 .190 .232 .238 .470
通算:2年 176 418 374 38 72 10 2 0 86 16 17 18 17 1 26 0 0 71 2 .193 .245 .230 .474
  • 高橋(高橋ユニオンズ)は、1955年にトンボ(トンボユニオンズ)に球団名を変更

背番号

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  • 57 (1954年)
  • 37 (1955年)

脚注

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  1. ^ 『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』253頁

参考文献

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関連項目

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外部リンク

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