ラジオ福島

ラジオ福島
Radio Fukusima Co.,Ltd.
放送対象地域 福島県
系列 JRNNRN
略称 rfc
愛称 ラジオ福島、ラジふく
コールサイン JOWR
開局日 1953年12月1日
本社 〒960-8555
福島市下荒子8
演奏所 本社と同じ
親局 / 出力 福島 1458kHz / 1kW
主な中継局 周波数を参照
公式サイト http://www.rfc.jp/
福島県福島市下荒子にあるラジオ福島福島スタジオ(福島送信所も兼ねる)

株式会社ラジオ福島(ラジオふくしま)は、福島県放送地域とする日本ラジオ単営放送局。日本国内の民放AMラジオ局で唯一、本局(福島)より支局(郡山)の送信出力が強い放送局である。

概要

1953年12月1日、全国30番目に福島局・郡山局・若松局(現在の会津若松局)・平局(現在のいわき局)が同時開局。その後1961年9月に原町局が開局し、県内全域で聞けるようになった。略称はrfc(Radio Fukusima Co.,Ltd.)。東北地方では唯一のAMラジオ単営局である。

1978年頃に、開局から使われたシンボルマークのCIロゴが変更になり、RFCから小文字のrfcに変わった。

福島県内で初のラテ兼営民放テレビ局になる予定であったが、一度はテレビ予備免許を取得しながら郵政省(当時)の条件をクリアできず、開局できずに失効してしまった歴史がある(実現していれば「RFCテレビ」になるはずだった)。福島県での民放テレビ開局は、1963年の福島テレビ開局まで待つこととなる。

長年にわたって福島県唯一の民放ラジオ局だったため、県内有数の人気を誇る。一時期、ふくしまFMが開局するまでTOKYO FMの一部番組を放送していたことがあった。

JRNTBSラジオ系)とNRN文化放送ニッポン放送系)のクロスネット局。関連新聞は、福島民報毎日新聞。福島民報のラジオ面(中面)では、本局の番組表を大きめのサイズで掲載し、番組タイトルについてはゴシック体で、内容も詳細に掲載するようにしている。

ニュース名称は、以前は国内外のニュースを『毎日新聞ニュース』、県内ニュースを『福島民報ニュース』と分けてあり、定時ニュース等でも「毎日新聞ニュースと福島民報ニュースをお伝えします」と放送していた。現在は『rfcニュース』に統一している。

24時間放送の開始は1982年4月5日で、このときから『オールナイトニッポン』や『歌うヘッドライト』のネットを開始している。さらにCMの時間を使い、修学旅行生の安否を伝えることがある(以前は独立した5分間番組だった)。

自社制作番組の多くが、アナウンサーが制作(企画構成)・ミキシング技術などを一人で行う、ワンマンシステムとなっており、スタジオの多くもこれに対応したセッティングがなされている。また、夜間における緊急事態発生に備え、局アナ1人と制作・技術・報道部門のスタッフ数人が局に毎日交替で泊まりこむ「宿直勤務制度」を実施している。火災や地震の発生が伝えられたときは、ネット受け番組の音量を下げて、速報を伝える。

2004年、『チャリティーミュージックソンとリヤカーサンタ』の活動により、ラジオ活動部門で日本民間放送連盟賞を受賞した。

2006年2月より、ニフティの協力でポッドキャスティングサービスをスタートした。

2009年4月改編で平日ワイド番組を一新、長寿番組『昼の希望音楽会』を内包する10時・11時台のワイド番組を新設する一方で、土・日曜昼のワイド番組は自社制作を取りやめネット受けに切り替えた。なお、福島競馬開催期間中は従来通り、福島局では『福島競馬実況中継』を、それ以外の中継局ではレース中継を内包した番組『サタデー(サンデー)リクエストジャンボリー』を放送している。

2011年4月頃から「radiko.jp復興支援プロジェクト」としてradikoによる暫定的な全国配信を経て、2012年4月1日より福島県内限定に切り替わり、実用化試験配信が開始された。

東日本大震災時の放送

2011年3月11日、東日本大震災が発生。福島市内のスタジオでは「深野健司普天間かおりのふれんどらじお」という番組でスィーツの試食中に地震があり、放送が開催されていたスタジオではその地震の揺れによる激しいガラスの音が拾われた。[1]深野は「ただいま非常に大きな地震が起きています。身の安全を確保してください。沿岸付近の方は津波の恐れがありますので海岸から離れるようにしてください。心を落ち着けてください」と注意喚起をする放送を行った。

震災当初、ラジオ福島は15日間(3月11日の発生直後~3月25日5時の基点時間まで)に渡り通常編成・コマーシャルをほぼ全部休止し、報道特別番組態勢に完全移行。地震・津波・原発事故の克明な情報を提供し続けた。ラジオ福島の親会社である福島民報は、当時の番組表・ラジオ欄に縦書きのゴシック体で「ラジオ福島災害報道特別番組」とだけ書かれていた。このラジオ福島の震災関連報道の1年間をまとめた書籍「ラジオ福島の300日」(著・片瀬京子とラジオ福島 ISBN 978-4-620-32118-9[2]が震災1周年となった2012年3月に毎日新聞社出版局より刊行され、先述の番組表が表紙に掲載されている。またこの影響で、3月18日に放送された「サンドウィッチマンのオールナイトニッポン[3]は、2週間遅れの4月1日放送となった。

東日本大震災発生以後、その関連情報番組を一部時間帯日経ラジオ社でも放送された。[1]また、震災対応のため、日曜深夜も含め終日24時間放送となる。その他に震災当時はradikoによる配信は行っていなかったが、「radiko.jp復興支援プロジェクト」として2012年3月31日まで全国配信が行われた[4]

事業所

本社(演奏所および送信所
郡山総支社(郡山中継局と併設)
若松支社
いわき支社
東京支社
大阪支社

廃止となった事業所

放送時間

月曜午前1時~4時の間を除いて、24時間放送を実施している。かつては月曜午前0時~4時の間は放送を休止していた。

周波数

radikoでは、この局の内容が福島県全域に配信されている[6](なお、radikoで中継局の内容を配信しているのはrfcが唯一である)。

AMステレオ放送は実施していない。

キャッチフレーズ

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受信状況

越境受信

スタジオ

演奏所入口ロビーから見える、公開スタジオ。出演者がミキシング・コンソールを直接操作できる、ワンマンコントロール設計となっており、アナウンサーが自ら機器を操作しながら番組を進行する[7]。殆どの生ワイド番組が送出される他、観覧者側からは見えない奥側に、ニュースブースを配置。定時ニュースや、夕方ワイド番組は公開用のメインブースを使わず、ニュースブースからの送出となっている。
録音用スタジオ。第1スタジオ同様、ワンマンコントロールで操作可能なスタジオ。
録音用スタジオ。アナウンスブースと、ミキシングブースが分離されており(ワンマン操作できない)、多人数の収録などで使われる。
従来局舎(平屋建て)の東側に増築された(2007年4月)、2階建て新局舎にある新スタジオ。第5スタジオ同様、アナウンスブースと、ミキシングブースが分離されている(ワンマン操作できない)。番組収録などで使用。

主な番組

2012年4月現在

自社制作番組

平日
土曜
日曜
その他
午後前半(15時まで)は福島本局のみ。その後午後後半の15時以後は他の放送支局にもネットする。
福島本局以外の地域では15時までサタデー・サンデーリクエストジャンボリーを福島本局から裏送りで配信する。

他社制作の主な番組

過去に放送した番組

ふくしまFM開局以前に放送されたTOKYO FM制作の番組

ふくしまFM開局に伴い同局に移行した番組も含む)

アナウンサー

前述の通り、アナウンサーが制作からミキシングまでを行うワンマンシステムを多くの番組で採用しており(そのため、アナウンサーの所属する部署も『アナウンス部』ではなく『放送部』である)、自社制作番組の殆どがアナウンサーの出演(地元タレントなどの起用が少ない)である事などから、当局アナウンサー一同がアノンシスト賞を受賞(2001年度、アナウンサー活動に対して)、鏡田辰也がギャラクシー賞(2001年度・DJパーソナリティ賞)を受賞するなど、当局のアナウンサーへの評価は高い。一方で、退社してフリーランス、事務所所属の道を選ぶアナウンサーも数多く、特に、1990年代後半以降に入社で、現在も引き続き所属するアナウンサーは数少ないという実情がある。2010年には、既に退社したアナウンサーを契約アナウンサーとして起用する、当局としては珍しい状況も発生している。

現職アナウンサー

男性
女性

元アナウンサー

男性
女性

オープニング・クロージング

以下のオープニング・クロージング共に5分間流れ、オープニングの台詞は「おはようございます。お目覚めは如何ですか?こちらはラジオ福島です。~(コールサイン・出力周波数読み上げ)~で只今から本日の放送を開始いたします。時刻は間もなく5時になります(放送開始が5時15分だった時代は、5時の部分が5時15分に)」。クロージングの台詞は、「今夜も(かつては゛今宵も゛)ラジオ福島の放送をお聞きいただきありがとうございます。~(コールサイン・出力周波数読み上げ)~でお送りいたしました。ここでしばらくお休みをいただきまして、次の放送は午前5時からでございます(放送開始が5時15分だった時代は、午前5時の部分が午前5時15分に)。おやすみなさい~」となっている。

1978年11月22日付け放送終了時、および11月23日付け開始時にはそれぞれ周波数変更(これまでの10KHzステップが9KHzステップになるため)に伴う新しい周波数のアナウンスを行っている。特に23日は5:00-定時放送が始まる5:15まで断続的にその周波数を繰り返して放送する旨を22日終了時に伝えていた。

年代不明~90年代

長年同じ音楽を使用していたため、音源の劣化によるノイズがあった。女性アナウンサーによるアナウンスと、男性アナウンサーの時期がある。

90年代~2003年10月ごろ

各放送局の読み上げ部分で「~放送局」の台詞が「~からは」に変更された。

2003年10月ごろ〜

その他の福島県の放送局

外部リンク

脚注

  1. ^ その音源
  2. ^ ラジオ福島のリリースより
  3. ^ 12月30日までの放送
  4. ^ radiko.jp復興支援プロジェクト
  5. ^ これで配達された。フジテレビの旧宛先「東京都牛込局区内 フジテレビ」と同じ
  6. ^ 2012年4月2日-。2011年4月28日から2012年3月31日までは、前述の通り『radiko.jp復興支援プロジェクト』の一環として全国に配信されていた。
  7. ^ 東京のキー局であればこれは、自分以外の社員が全滅してしまった場合の最後の送出手段