幡豆郡
幡豆郡(はずぐん)は三河国の郡。
歴史
古代律令制の三河国の幡豆郡に端を発する。古くは播豆、波豆、芳豆、芳図、者豆、などと表記した。名前の由来は地域内の式内社幡頭(はず)神社に由来するという説や、域内の礒泊(しはと)郷からハト、ハズに転訛したという説、停泊地を意味する『泊(ハク)』が訛ったという説などがある。
離島の佐久島(古代名:析嶋)、日間賀島(古代名:比莫嶋)、篠島(古代名:篠嶋)は、旧幡豆郡に属する。出土の木簡に多数の表記あるため、現在旧尾張国の知多郡南知多町に属する日間賀島と篠島は、もとは三河国幡豆郡であった。
篠島・析島からは、佐米楚割(さめのすやわり)と呼ばれる、鮫を日干しにして割いた珍味が、朝廷に寄進されていた。
幡豆郡(はずぐん)は、愛知県南部に位置していた郡。人口58,406人、面積84.56km²、人口密度691人/km²。(2011年)
2011年3月31日の時点で、以下の3町を含んでいた。
2011年4月1日、3町すべて西尾市に編入したため消滅した。
概要
消防組織は、幡豆郡3町で幡豆郡消防組合を統一運営している。ゴミ処理は、旧幡豆郡の西尾市を加えた西尾幡豆広域連合でまとめて行っており、処理場は吉良町に設置されている。
なお、額田郡幸田町の西半分は、かつての幡豆郡豊坂村である。(1954年に合併)。 豊坂村は1906年に豊国村と松坂村が合併したものである。
沿革
- 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行に伴い、幡豆郡に西尾町と36の村が成立する。(1町36村)
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1892年(明治25年)5月13日(3町34村)
- 一色村が町制施行し一色町となる。
- 横須賀村が町制施行し横須賀町となる。
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1906年(明治39年)5月1日(1町14村)
- 西尾町・久麻久村、西野町村の大半(田貫を除く)、大宝村の一部(矢曽根、町田、寄近、徳次)、奥津村の一部(住崎)が合併し、西尾町が発足。
- 六郷村・豊田村・井崎村、大宝村の残部が合併し、福地村が発足。
- 平坂村・中畑村、西野町村・奥津村の残部が合併し、平坂村が発足。
- 寺津村・西崎村が合併し、寺津村が発足。
- 御鍬村・川崎村・吹羽良村が合併し、三和村が発足。
- 一色町・栄生村・味沢村・五保村・衣崎村が合併し、一色村が発足。
- 吉田村・保定村・宮崎村が合併し、吉田村が発足。
- 横須賀町・荻原村・富田村・瀬門村・厨村が合併し、横須賀村が発足。
- 幡豆村・東幡豆村が合併し、幡豆村が発足。
- 豊国村・松坂村が合併し、豊坂村が発足。
- 1923年(大正12年)10月1日 - 一色村が町制施行し一色町となる。(2町13村)
- 1924年(大正13年)1月1日 - 吉田村が町制施行し吉田町となる。(3町12村)
- 1924年(大正13年)10月1日 - 平坂村が町制施行し平坂町となる。(4町11村)
- 1928年(昭和3年)10月1日 - 幡豆村が町制施行し幡豆町となる。(5町10村)
- 1929年(昭和4年)4月1日 - 寺津村が町制施行し寺津町となる。(6町9村)
- 1932年(昭和7年)9月1日 - 室場村・平原村・花明村・家武村が合併し、室場村が発足。(6町6村)
- 1952年(昭和27年)12月1日 - 西尾町が福地村の一部を編入。
- 1953年(昭和28年)12月15日 - 西尾町が平坂町の一部を編入・市制施行し、西尾市となり郡より離脱。(5町6村)
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1954年(昭和29年)8月1日(5町4村)
- 豊坂村が額田郡幸田町と合併し、額田郡幸田町が発足、郡より離脱。
- 佐久島村が一色町に編入。
- 1954年(昭和29年)8月10日 - 平坂町・寺津町・福地村・室場村が西尾市に編入。(3町2村)
- 1955年(昭和30年)1月1日 - 三和村が西尾市に編入。(3町1村)
- 1955年(昭和30年)3月10日 - 吉田町・横須賀村が合併し、吉良町が発足。(3町)
- 2011年(平成23年)4月1日 - 一色町・吉良町・幡豆町が西尾市に編入。同日幡豆郡消滅。
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