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わかなつ おきなわは、琉球海運が運航していたフェリー

わかなつ おきなわ
Wakanatsu-Okinawa,Japan.jpg
平良港に接岸中の本船
基本情報
船種 フェリー
船籍 日本の旗 日本(1991-2006)
パナマの旗 パナマ(2006-2015)
 インドネシア(2015-)
所有者 琉球海運(1991-2006)
運用者 琉球海運(1991-2006)
建造所 佐伯重工業(第1012番船)
信号符字 7MFY
IMO番号 9004592
改名 わかなつ おきなわ(1991-2006)ASIA INNOVATOR(2006-2015)
MUTIARA PERSADA III(2015-)
経歴
起工 1990年8月
進水 1990年
竣工 1991年2月
就航 1991年2月
運航終了 2006年9月
現況  インドネシアで就航中
要目
総トン数 8,052 トン
全長 151.13 m
型幅 19.00 m
型深さ 10.50 m
機関方式 ディーゼル
主機関 9PC40L 1基
推進器 可変ピッチプロペラ 1軸
出力 16,200 PS
最大速力 24.2ノット
航海速力 21.0ノット
旅客定員 150名
積載能力 コンテナ167個
車両搭載数 12mシャーシ42台、乗用車180台
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概要編集

ごーるでん おきなわの代船として佐伯重工業で建造され、1991年2月に就航した。

2006年9月18日RORO貨物船「わかなつ」の就航、琉球海運の旅客営業の終了により引退した。

その後、韓国に売却され、ASIA INNOVATORと改名して、RORO貨物船として運航された。 2015年インドネシアに売却され、MUTIARA PERSADA IIIとして就航した。

就航航路編集

琉球海運
本船のみの運航となった末期の航路。博多航路と鹿児島航路を交互に運航、平良港は上り便(復路)のみ寄港。

設計編集

船首船橋船尾機関室型の旅客船兼自動車渡船である。ランプウェイは右舷側船首尾の2箇所に装備していた。並列煙突となっているが、左舷のファンネルはダミーであった。

船内編集

船室編集

  • 一等
  • 二等

設備編集

  • レストラン
  • バー

事故・インシデント編集

整備ミスによる機関損傷編集

1993年10月23日、20時17分ごろ、那覇港へ向かって大阪港を出港した本船は、大阪灯台の西南西約8.8海里の地点で、主機1番シリンダがシリンダライナに焼き付き、燃焼ガスがクランク室に吹き抜けて爆発、クランク室の安全弁から噴出した爆発ガスで火災警報装置が作動した。主機は自動緊急停止し、本船は航行不能となったが、来援した曳船により岸壁に戻された。事故原因は、出航前に実施した主機の潤滑油3次こし器の開放整備で、復旧時に内部の点検が不十分でウエス1枚が取り残され、主機の運転により主軸受の上部に流入、ピストン冷却とシリンダ注油が阻害されたため、であった。また、操舵室では主機関連異常の警報ランプが点灯していたが、警報内容の確認が不十分で対応が遅れたことも一因とされた[1]

修理ミスによる機関損傷編集

2001年8月18日、18時20分ごろ、那覇港から鹿児島港へ向かっていた本船は、佐多岬灯台の西南西8.0海里の地点を航行中、主機排気集合管の7番および8番シリンダ間の伸縮継手が破損、発生した破片により過給機が損傷し、冷却清水が噴出した。本船は主機を無過給運転とする応急処置により低速で航行を再開、19日8時10分に鹿児島港に入港した。事故原因は、主機排気集合管の伸縮継手の修理を行う際、修理業者に材質、寸法、溶接方法などの指示が不十分で、修理した継手の内筒の強度が設計より低かったため、熱応力などにより内筒の変形および疲労が進行したため、とされた[2]

脚注編集

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  1. ^ 高等海難審判庁 (1995-06-16). 平成6年第二審第45号 旅客船わかなつおきなわ機関損傷事件 (Report). 海難審判・船舶事故調査協会. 
  2. ^ 門司地方海難審判庁那覇支部 (2002-10-10) (PDF). 平成14年那審第27号 旅客船わかなつおきなわ機関損傷事件 (Report). 海難審判・船舶事故調査協会. http://www.maia.or.jp/pdf/14yh123.pdf 2016年7月9日閲覧。. 

外部リンク編集