アグスティン・イバロラ

この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はイバロラ第二姓(母方の)はゴイコエチェアです。

アグスティン・イバロラ・ゴイコエチェア(Agustín Ibarrola Goicoechea, 1930年8月18日 - )は、スペインビスカヤ県バサウリ出身の芸術家画家彫刻家[1]バスク人

アグスティン・イバロラ
Agustín Ibarrola, "Los creadores nos vemos muy amenazados en la libertad de expresión" 07.png
2013年のイバロラ
生誕Agustín Ibarrola
(1930-08-18) 1930年8月18日(92歳)
スペインの旗 スペイン王国ビスカヤ県 バサウリ
国籍スペインの旗 スペイン
教育独学、ダニエル・バスケス・ディアスの工房
著名な実績画家彫刻家
代表作『オマの森』
運動・動向キュビズム、構成主義、表現主義ランド・アート、Equipment 57
影響を受けた
芸術家
ダニエル・バスケス・ディアス
ホセ・オルテガ

経歴編集

1948年にはビスカヤ県議会とビルバオ市議会から奨学金を受け、マドリードでダニエル・バスケス・ディアスに師事し、様々な展覧会を開催した。1955年にはフランスのパリに移り、1957年にはアンヘル・ドゥエルテ、フアン・セラーノなどとともに、構成主義のグループであるEquipment 57のメンバーとなった。共産主義闘争が理由で何年か投獄された後、1963年にイギリスのロンドンで作品展が開催された際に、批評家はイバロラの作品をフランシスコ・ゴヤの『戦争の惨禍』になぞらえた。1980年代には彫刻作品の創作も始め、ゲルニカ近郊の『オマの森』という作品にはイバロラの風変わりな想像力が発揮されている。『オマの森』は松林の複数の樹木に色彩豊かな抽象画を描いたランド・アートである。キャリアでもっとも壮観な作品のひとつに、アストゥリアス州リャネス港に設置された『記憶のキューブ』がある。2002年には、ドイツ・ルール地方ボトロップ鉱山ハニエル炭鉱のボタ山に、100本のトーテムポールを立てた『トテムス』というランド・アートを製作した。

2000年頃からは、バスク自治州に反テロリズム草の根組織の¡バスタ・ヤ!(もう十分だ!)の基盤を作ることを試みた。このため、過激テロ組織のバスク祖国と自由(ETA)とは激しく対立しており、イバロラはしばしばETAに脅迫を受けている[2]。『オマの森』はたびたびETAやETA支持者によって落書きなどの被害を受けている。

作品編集

脚注編集

  1. ^ Agustín Ibarrola: 'El cubismo es el movimiento que más influye en el arte de la vanguardia'”. エル・ムンド. 2010年7月16日閲覧。
  2. ^ Rocío Blázquez (2010年6月3日). “Agustín Ibarrola: "Los amenazados por ETA hemos estado hasta ahora eliminados de la sociedad vasca" - Nacional_Terrorismo - Nacional”. Salamanca: ABC. 2010年7月16日閲覧。
  3. ^ バスク地方の民俗楽器であり、すりこぎ状の棒で木板を叩く打楽器。

外部リンク編集