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アモリオンの戦い838年アッバース朝東ローマ帝国との間で行われた戦いである。

アモリオンの戦い
アラブ・東ローマ戦争
Siege of Amorium.jpg
838年
場所アモリオン
結果 アッバース朝の勝利
衝突した勢力
アッバース朝 東ローマ帝国
指揮官
ムウタスィム
戦力
被害者数
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戦闘編集

この遠征の前年、東ローマ皇帝テオフィロスシリアに侵入し都市を略奪した。カリフムウタスィム中央アジアのトルコ系騎馬部隊(マムルーク)を加えた、かつてない規模の遠征軍を引き連れて、アナトリアに侵入し報復を図った。そしてテオフィロスの軍勢を撃破し、アナトリアの大都市アモリオンを攻め落とした。

帰路編集

戦いには勝ったものの、その遠征の退却は困難を極めた。退却中に行われた東ローマ軍の追撃や、アナトリアの灼熱の気温と水不足によって多くの兵士が命を落とした。ムウタスィムはアモリオン、アンカラを破壊したが、維持することはできず、アッバース朝の領土がキリキアより北に広がることはなかった。この遠征が東ローマに対するアラブ人の最後の大規模な遠征となった。

参考文献編集