アンジェリク (小説)

アンジェリク(Angélique)は、アン・ゴロンによるフランスの小説。

1956年刊行、ドイツ語版表紙

ルイ14世の愛妾だった佳人マリー・アンジェリク・ド・フォンタンジュに着想を得て、17世紀のフランスを舞台に貴族の女性アンジェリクを主人公とした大河ロマン。1957年から執筆された初版(旧シリーズ)と、2009年から作者自身により大幅に改稿された完全版(新シリーズ)の二つがある。

概要編集

文筆家だったアン・ゴロンは結婚を機にヴェルサイユ宮殿近くに住み、物語のヒントを得る。かねてよりスカーレット・オハラのようなヒロインを書きたいという思いもあり、1957年より、夫との共著としてアンジェリクシリーズを執筆。1985年まで全13巻の長編シリーズとなった。その後、フランス語版及び各言語における底本として使われた英語版に、著者の意図しない改変が多数加えられていたことが発覚し、アン・ゴロン自身の手によって大幅に改稿。

日本においては、英語版を底本に井上一夫の訳で1971年より刊行開始。その後、1994年より講談社文庫化。各巻は上下に分冊され、全26巻。また、1977年から1979年にかけて木原敏江が漫画化。木原の漫画を原作に、宝塚歌劇団が複数回ミュージカル化している。完全版は、復刊ドットコムより、原著であるフランス語版を底本として刊行されている。ただし、このことにより、著名な歴史人物もフランス語読みで訳されていることが多い。例えば完全版3巻P82の「マリー・チューダー」とはイングランド女王「メアリー1世」(メアリー・ テューダー)を、同3巻P201の「ドン・ジョアン・ジョセ・ドートリッシュ」は「フアン・ホセ・デ・アウストリア」をそれぞれ指している。

あらすじ編集

ポワトゥーに生まれたサンセ男爵の令嬢アンジェリクは、緑色の瞳をもつ快活な美少女だった。しかし、貧しい男爵家と領民を救うため、ラングドックの大貴族で裕福だが醜悪なジョフレ・ド・ペイラック伯爵との結婚を余儀なくされる。幼馴染の森番ニコラに未練を残しつつ、新生活を始めたアンジェリクは目もくらむような豪邸での優雅な暮らしのなかで、ジョフレと愛を育む。

やがて、ルイ14世とスペイン王女マリア・テレサ(マリー・テレーズ)の結婚式に招かれたことをきっかけに、夫妻は巨大な陰謀に巻き込まれていくのだった。

登場人物編集

アンジェリク・プレシ・ベリエール侯爵夫人
主人公。緑色の美しい瞳を持つサンセ男爵の次女。裸足で外を走り回るお転婆娘だが、華やかな宮廷に憧れ、プレシとの結婚を夢見ていた。陰謀の証である木箱をそれと知らずに持ち去る。ジョフレと婚約し憧れの宮廷デビューを果たすも、陰謀に巻き込まれ波乱の人生が始まる。一時ニコラとともにネスルの塔に暮らし盗人稼業に手を染める。婚約したジョフレとは陰謀によって引き裂かれ、ペイラック家を継いだニコラと婚姻したがルイ14世によって破棄され、プレシ侯爵と婚姻させられ侯爵夫人となる。
ニコラ・メルロ
アンジェリクの幼馴染でサンセ男爵家の使用人の養い子。養父の借金の形にパリへ連れて行かれ、コエスルの跡継ぎとしてネスルの塔に暮らす盗人団に引き入れら、悪事に手を染める。アンジェリクの危機を何度も救い、一時はペイラック伯爵家を継ぐ。ジョフレの腹違いの弟。
ジョフレ・ド・ペイラック
トゥールーズのラングドックの伯爵。スミレの香りのする美しい黒髪が印象的で、吟遊詩人のような歌声をもち、幼い頃に起きた宗教戦争に巻き込まれだ際に負った怪我が元で、片足が利かず顔に傷があるにもかかわらず、女性たちに大層モテる。アンジェリクと婚約し、陰謀に巻き込まれ、無実の罪を着せられ火刑に処される。
フィリップ・ミルモン・デュ・プレシ・ベリエール
アンジェリクの従兄弟で、彼女の初恋の人。国王ルイ14世のお気に入りの元帥。戦のたびに各地に奔走する美貌の剣士。羨望・陰謀渦巻く宮廷に育ち、ポーカーフェイスを貫く。天真爛漫なアンジェリクに心惹かれてきたことに気がつくも、王命に従い妻となった彼女を差し出し、初めて本当の愛を知る。
ルイ14世
フランス国王。宮廷で見慣れた美女たちとは違うアンジェリクに魅せられ、手に入るためプレシ侯爵と結婚させる。戦場で命をはって助けてくれたプレシ侯爵を心の友と信じ、借金の形にすすめられる婚姻を王名で破棄させる人情も持つが、欲しいモノはなんとしてでも手に入れる専制君主として描かれる。実在のフランス国王ルイ14世がモデルとなっている。
レスカトール
アルジェの海賊。見事な黒髪と顔に傷を持つ男。実は火刑に処されるところを助けられ、生きるためにカルメンシータと婚姻させられたジョフレその人だった。アルジェの海でフランス海軍提督の船に乗り合わせていたプレシ侯爵に見とがめられ、正体を見抜かれる。アンジェリクを救いだし、新しい国へと旅立つ計画を遂行する。
アンリ・ド・ボーフォール
歴代のフランス国王に仕えてきた名門貴族。海軍司令官。借金の肩代わりを申し出てプレシ侯爵と関係を結ぶが、若い頃から人形のように振る舞う姿を気に掛けていた。素直なアンジェリクに対するプレシ侯爵の反応に、それが恋だと諭す。実在のヴァンドーム公ボーフォールがモデルと思われる。
コエスル
ネスルの塔に暮らす盗人団のボス。ペイラック伯爵の世話係となった許嫁が、伯爵の子ニコラを出産し他界。その憎しみからペイラック伯爵家への復讐を誓った。ネスルの塔襲撃を感知し、すり替えた木箱をタラオに託しアンジェリクに返すと共に真実を告げる。
タラオ
ネスルの塔に暮らす盗人団の一人で、コエスルの一番の手下。ネスルの塔襲撃で生き残り、ポラックとともに重症を負ったニコラの世話をやく。
ポラック
ネスルの塔に暮らす盗人団の一味。姉御肌で「ポラック姉さん」と呼ばれる。ネスルの塔襲撃で生き残り、アンジェリクに嫉妬しながらも、重症を負ったニコラを献身的に看病する健気な女性。
クロード
ネスルの塔の盗人団への情報提供者。吟遊詩人クロード・ル・プチとして各地を転々としながら、フランス中の情報を網羅しているため、権力者たちから恨みを買い、賞金首のおたずねものとして役人に追われ、ネスルの塔襲撃で命を落とす。
デグレ
クロードの幼なじみの近衛兵。ジョフレをバスチーユへ好意的に護送する。自殺しようと川に飛び込んだポラックをたまたま助けたり、アンジェリクに剣を教えたりと、ニコラたちと仲良くなるにつれ、宮廷暮らしに魅力を感じなくなっていった。
ペギラン
ジョフレの親友の1人で、ローザンの子爵。近衛隊長。ジョフレの火刑の後、王弟殿下への抗議を国王ルイ14世に咎められ、一時バスチーユに投獄される。アンジェリクがプレシ侯爵と一夜を過ごしたことを知り、親友の名誉のために決闘する。
ベルナール
ジョフレの親友の1人で、アンディジョの侯爵。ジョフレを火刑から救えという南部の民を率い、ランドックで叛乱を起こし、捕らえられて一時はバスチーユに投獄される。
セルバロー
ジョフレの親友の1人で、男爵。ベルナールと行動をともにし、ランドックの叛乱に加わり、捕らえられた後バスチーユに一時投獄される。
王弟殿下
ルイ14世の弟。男色家として知られ、ジョフレを気に入り伽をさせようと誘うが、それを利用され陰謀に手を貸すことになる。火刑を目の当たりにし、自らの過ちを母に告白して国王に許しを請う。実在のフランス国王ルイ14世の弟で、後のオルレアン公フィリップがモデル。
シュヴァリエ・ド・ロレーヌ
王弟殿下のお気に入りの男色相手。王弟殿下をそそのかし国王暗殺の陰謀の片棒を担ぎ、カルメンシータや毒薬師エグジリ(クレマン)を使い、ジョフレを陥れる。ネスルの塔襲撃の指揮官。実在のオルレアン公フィリップの愛人シュヴァリエ・ド・ロレーヌがモデル。
カルメンシータ
スペイン王家の血を引く娘。ジョフレを熱烈に愛するゆえに陰謀に手を貸し、クレマンによって火刑から救い出したジョフレをスペインへ連れ帰ると強引に結婚。アンジェリクを亡き者にしようと襲うが、逆に刺されて命を落とす。
クレマン
カルメンシータ及びプレシ公爵夫人が送り込んだ天才毒薬師。最初は2人の命に従っていたが、ジョフレ及びアンジェリクの人柄に触れ、二人の暗殺をせず味方となる。ジョフレを火刑から救い出した張本人。天才毒薬師として知られるエグジーリをモデルとしていると思われるが、この人物が実在したかどうかは明確ではない。
マルゴ
ペイラック家の使用人の少女。アルジェの海へと出かける商戦(実はフランス海軍の船)に密航し、無事に海賊となったジョフレの元へかけつける。ニコラの存在を知る数少ない一人。
クアシバ
ペイラック家の使用人。体が大きく肌の色も黒いムーア人。奴隷市場からジョフレが買い取った。火刑を止めようとしたが傷を負い、カルメンシータに救われ同行した。
コーナン・ベシェール
修道僧。サンセでアンジェリクを襲った盗賊の頭が双子の弟で、吟遊詩人に身をやつしたジョフレに殺害されたことを恨み、カルメンシータと手を組み陰謀に巻き込んだ。まんまと大司教の座を手に入れたが、赴任の際にアンジェリクに襲われ海に落ち、命を落とす。
プレシ公爵夫人
フィリップの母でアンジェリクの伯母にあたるが、サンセ男爵一家を馬鹿にしている。国王暗殺の陰謀に組みしたものの、その証拠をおさめた木箱をアンジェリクが持ち去ったことに気が付き刺客としてエグジリ(クレマン)を差し向ける。
フランソワーズ・アテナイス・ドゥ・モルトゥマール
権力欲に燃える宮廷人。プレシ公爵に思いを寄せるがかわされ続けアンジェリクに嫉妬し、ルイ14世の寵愛を得るため次々と讒言を広めてアンジェリクとジョフレを陥れる。実在のルイ14世の寵姫モンテスパン夫人がモデル。
アンヌ・ドートリッシュ
フランス国王ルイ13世の后にして、ルイ14世と王弟殿下の生母。アンジェリクとジョフレには好意的で、王弟殿下贔屓なところがある、大人しい母。実在のルイ13世后アンヌ・ドートリッシュがモデル。
ジュリオ・マザリーニ
フランス国王ルイ14世に仕えるイタリア人の宰相。「ジョフレの方が陛下(ルイ14世)よりも優秀だが、国王ではない」と断言する。有能な外交官で老練な政治家と評され、ルイ14世に「政治は人任せにするな」と言い遺し他界。その言葉通りにルイ14世は宰相をおかず自ら政治を取り仕切ることになる。実在の人物であり、ルイ13世と、ルイ14世に仕えた宰相。
サンセ男爵
モントローの男爵で、アンジェリクの父。娘たちを農家と同じような感覚で育てており、他の貴族や親類からは「はしたない」「いやしい習慣だ」「だから一生貧乏なのだ」などと、馬鹿にされているが、領民からは慕われ、盗賊に襲われた際には領民全てを城に収容し助ける。領民の肩代わりをしてきた納めきれない税金分の借金もあり、兼ねて申し込みのあったジョフレにアンジェリクを嫁がせる。

各巻タイトル編集

旧シリーズ編集

  1. はだしの女侯爵 上
  2. はだしの女侯爵 中
  3. はだしの女侯爵 下
  4. ヴェルサイユの恋人 上
  5. ヴェルサイユの恋人 下
  6. 金髪の女奴隷 上
  7. 金髪の女奴隷 下
  8. 革命の女 上
  9. 革命の女 下
  10. 虹のかなた 上
  11. 虹のかなた 下
  12. カタランク砦の女神 上
  13. カタランク砦の女神 下
  14. 荒野の試練 上
  15. 荒野の試練 下
  16. アカディアの魔女 上
  17. アカディアの魔女 下
  18. 謀略の影法師 上
  19. 謀略の影法師 下
  20. 氷の都ケベック 上
  21. 氷の都ケベック 中
  22. 氷の都ケベック 下
  23. 希望への道 上
  24. 希望への道 下
  25. 新しき門出 上
  26. 新しき門出 下

新シリーズ(完全版)編集

  1. 天使たちの侯爵夫人(Marquise des Anges)
  2. 売られた花嫁(La Fiancée vendue)
  3. 王家の祝典(Fêtes royales)
  4. ノートルダムの死刑囚(Le Supplicié de Notre-Dame)
  5. 影と光(Ombres et Lumières)
  6. ベルサイユへの道(Le Chemin de Versailles)
  7. 華麗なる戦争(La Guerre en dentelles)

題材とした作品編集

映画編集

  • 「アンジェリク はだしの女侯爵」 - 1964年製作。フランス・イタリア・ドイツ合作映画。ミシェル・メルシェ主演。

漫画編集

  • 「アンジェリク」 - 木原敏江画。ルイ14世の宮廷での生活を中心に、アメリカへの旅立ちまでを描く。

舞台編集

脚注編集

関連項目編集