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イギリス領カメルーン(英語:British Cameroons)は、イギリス帝国イギリス領西アフリカ委任統治領。 現在は南部はカメルーンに、北部はナイジェリアに併合された。

British Cameroons
委任統治領

1922年–1961年
 

国旗 国章
国歌
女王陛下万歳
首都 ブエア
言語 英語(公用語)
ドゥアラ語
オロコ語英語版
草原バンツー語群英語版
フラニ語
カヌリ語
宗教 イスラム教(北部)
キリスト教(南部)
政治機構 委任統治領
歴史・時代 第一次世界大戦
 •  ドイツ保護領カメルーン分割 1922年7月20日
 •  カメルーンナイジェリアに併合 1961年10月1日
通貨 西アフリカ・ポンド
現在 カメルーンの旗 カメルーン
ナイジェリアの旗 ナイジェリア

目次

歴史編集

 
1901年~1972年のカメルーンの領域の変遷
  イギリス領カメルーン

1884年アフリカ分割によって、現在のカメルーンの領域はドイツ保護領カメルーンになった。

1914年第一次世界大戦が発生し、イギリス帝国フランス第三共和政ベルギーがドイツ保護領カメルーンを征服した。

1916年、ドイツ軍が完全に排除された。

1922年国際連盟はカメルーンをイギリスとフランスの委任統治領にした。

第二次世界大戦の頃には40万人が暮らしていたが、イギリス軍の義勇兵になったのは3500人だけだった[1]

1960年1月1日、フランス領カメルーンが独立した。

同年10月1日、ナイジェリアがイギリスから独立したが、イギリス領カメルーンがどちらに帰属するかが問題だった。

1961年2月11日国民投票英語版が行われた。 イスラム教徒が多い北部はナイジェリアとの統合を望み、キリスト教徒の多い南部はカメルーンとの統合を望んだ[2]

同年5月31日、北部はナイジェリアの北部州に統合された。

同年10月1日、南部はカメルーンに統合され、南西州北西州に分割された。 同時にイギリスの信託統治領となった。

カメルーンに帰属後、分離独立の動きが活発になり、南カメルーン連邦共和国としての独立も試みられた。

2016年には、英語圏(旧イギリス領カメルーン)の独立をめぐる争いが活発化して政府側が965人を逮捕。2018年時点の避難民は18万人に達している[3]

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ I.C.B Dear, ed, The Oxford Companion to World War II (1995) p 163
  2. ^ Nohlen, D, Krennerich, M & Thibaut, B (1999) Elections in Africa: A data handbook, p177 0-19-829645-2
  3. ^ カメルーン英語圏独立紛争、18万人が避難生活 HRW報告”. AFP (2018年7月20日). 2018年7月25日閲覧。

外部リンク編集