イミツァ・フォン・ルクセンブルク
イミツァ・フォン・ルクセンブルク(ドイツ語:Imiza von Luxemburg, 990/1000年 - 1055/6年以降)[1]は、モーゼルガウ伯フリードリヒの娘で、ヴェルフ家のアルトドルフ伯ヴェルフ2世の妃。
イミツァ・フォン・ルクセンブルク Imiza von Luxemburg | |
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出生 |
990/1000年 |
死去 |
1055/6年以降 |
埋葬 |
神聖ローマ帝国 バイエルン公領、アルトミュンスター修道院 |
配偶者 | アルトドルフ伯ヴェルフ2世 |
子女 |
ヴェルフ3世 クニグンデ |
家名 | アルデンヌ=ルクセンブルク家 |
父親 | モーゼルガウ伯フリードリヒ・フォン・ルクセンブルク |
母親 | グライベルク女伯イルムトルート |
生涯
編集イミツァはモーゼルガウ伯フリードリヒ・フォン・ルクセンブルクとグライベルク女伯イルムトルートの間の娘である[2]。カール大帝の子孫にあたり、叔母クニグンデは神聖ローマ皇帝ハインリヒ2世と結婚した[3]。
恐らく1017年にアルトドルフ伯ヴェルフ2世と結婚した[4]。イミツァに与えられた寡婦産にはメーリング・アム・レヒ(アウグスブルク)およびエリシナ(現在のソレジーノ)の領地が含まれていたが[5]、恐らく叔母の皇后クニグンデの介入によりイミツァはこれらの寡婦産を手に入れたとみられる[6]。また、恐らくこのつながりにより、皇帝ハインリヒ2世はイミツァの息子ヴェルフ3世にケルンテン公位を与えた(これ以前はケルンテン公領は歴代皇帝が直接統治していた)[7]。
イミツァは息子ヴェルフ3世より長生きした。ヴェルフ3世は未婚で子供がいなかった[8]。ヴェルフ家は遺領をイミツァが修道女となったアルトドルフのヴァインガルテン修道院に与え[9]、その後、イミツァは外孫のヴェルフ4世に領地を継承させた[10]。
子女
編集- ヴェルフ3世(1007年頃 - 1055年) - ケルンテン公
- クニグンデ(1020年頃 - 1054年) - エステ辺境伯アルベルト・アッツォ2世と結婚
脚注
編集- ^ Glocker, Die Verwandten der Ottonen, p. 348.
- ^ Schwennicke, Europäische Stammtafeln, table 17.
- ^ Renn, Das erste Luxemburger Grafenhaus, pp. 137ff.
- ^ Schneidmüller, Die Welfen, p. 120参照。しかしStörmer, ‘Die Welfen in der Reichspolitik,’ p. 257では結婚は1015年に行われたとする。また、Glocker, Die Verwandten der Ottonen, p. 348では結婚は1005年初めに行われたとする。
- ^ Baaken, ‘Welfischer Besitz in der Markgrafschaft Verona,‘ esp. pp. 73f.
- ^ Schneidmüller, Die Welfen, pp. 121-122
- ^ Dopsch, ‘Welf III und Kärnten,’ p. 101.
- ^ Steindorff, Jahrbücher, II, p. 319.
- ^ Schneidmüller, Die Welfen, p. 127
- ^ Störmer, ‘Die Welfen in der Reichspolitik,’ p. 261.
参考文献
編集- K. Baaken, ‘Elisina curtis nobilissima. Welfischer Besitz in der Markgrafschaft Verona und die Datierung der Historia Welforum,’ Deutsches Archiv 55 (1999), 63-94
- H. Dopsch, ‘Welf III und Kärnten,’ in D. Bauer, et al., eds., Welf IV. - Schlüsselfigur einer Wendezeit: Regionale und europäische Perspektiven (Munich, 2004), pp. 84–128.
- W. Glocker, Die Verwandten der Ottonen und ihre Bedeutung in der Politik (Böhlau Verlag, Cologne, Vienna, 1989).
- H. Renn, Das erste Luxemburger Grafenhaus (963-1136) (Bonn, 1941).
- B. Schneidmüller: Die Welfen. Herrschaft und Erinnerung (819–1252). (Stuttgart, 2000), pp. 119–123
- D. Schwennicke, Europäische Stammtafeln Neue Folge, vol. I.1 (Frankfurt am Main 1998).
- E. Steindorff, Jahrbücher des Deutschen Reichs unter Heinrich III., 2 vols. (Leipzig, 1874-1881), accessible online at: archive.org
- W. Störmer, ‘Die süddeutschen Welfen unter besondere Berücksichtigung ihrer Herrschaftspolitik im bayerisch-schwäbischen Grenzraum,’ in K-L. Ay, L. Maier and J. Jahn, eds., Die Welfen. Landesgeschichtliche Aspekte ihrer Herrschaft (Constance, 1998), pp. 57–96.
- W. Störmer, 'Die Welfen in der Reichspolitik des 11. Jahrhunderts,' Mitteilungen des Instituts für Österreichische Geschichtsforschung 104 (1996), 252-265.