エレミア・ホロックス

イギリスの天文学者

エレミア・ホロックス(Jeremiah Horrocks または Jeremiah Horrox、1618年 - 1641年1月3日[1])は、イギリス天文学者金星の日面通過の最初の観測者である[2]ジュレマイア・ホロックスとも表記される[2]

金星の日面通過を観測・記録しているエレミア・ホロックス

リヴァプール近くのトックステス(Toxteth)に生まれた[1]。豊かでない農夫の息子で、1632年にケンブリッジ大学エマニュエル・カレッジに進むが、1635年に卒業することなく大学をやめ、ランカシャープレストン近くのMuch Hooleの牧師となった。

ケンブリッジで学んだ時代、ヨハネス・ケプラーティコ・ブラーエなどの著書に親しんだ。フィリッペ・ファン・ランスベルゲの天文表が不正確であることを明らかにした。

金星の日面通過の観測を、複数の観測点で行えば、太陽までの距離を見積もることができると考え、1639年11月24日(ユリウス暦グレゴリオ暦12月4日)、日面通過の観測を行った。ホロックスはMuch Hooleで、友人で協力者のウィリアム・クラブトリーサルフォードで観測した[2]。ホロックスは太陽までの距離を、地球の直径の15,000倍と見積もった[1]。これを距離に換算すると約1億kmで、これは現在知られている値の60%ほどの大きさの値であるが、その時代までの最も正確な観測値であった[1]。ホロックスの成果は Venus in sub sole visaとして1662年にヨハネス・ヘヴェリウスによって出版された。

ホロックスは1641年急死した。22歳または23歳であった。

出典 編集

  1. ^ a b c d O'Connor, John J; Robertson, Edmund F (2004年6月). “Jeremiah Horrocks”. MacTutor History of Mathematics archive. University of St Andrews. 2016年3月20日閲覧。
  2. ^ a b c アンドレア・ウルフ 著、矢羽野 薫 訳『金星を追いかけて』(初版)角川書店、2012年、38-281頁。ISBN 978-4-04-110204-6 

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