オブジェクト指向

ソフトウェア開発とコンピュータプログラミングのために用いられる考え方

オブジェクト指向(オブジェクトしこう、: object-oriented)は、ソフトウェア開発コンピュータプログラミングのために用いられる考え方である。元々は特定のプログラミングパラダイムを説明するために考案された言葉であり、その当時の革新的技術であったGUI(グラフィカル・ユーザーインターフェース)とも密接に関連していた。明確な用語としては1970年代に誕生し、1981年頃から知名度を得て、1986年頃からソフトウェア開発のムーブメントと化した後に、1990年頃にはソフトウェア開発の総合技術としての共通認識を確立している。ソフトウェア開発における一つの標語のような扱い方もされている。

オブジェクトとは、プログラミング視点ではデータ構造とその専属手続きを一つにまとめたものを指しており、分析/設計視点では情報資源とその処理手順を一つにまとめたものを指している。データプロセスを個別に扱わずに、双方を一体化したオブジェクトを基礎要素にし、メッセージと形容されるオブジェクト間の相互作用を重視して、ソフトウェア全体を構築しようとする考え方がオブジェクト指向である。

オブジェクト指向の来歴編集

 
Alan Kay

オブジェクト指向プログラミングの発案編集

オブジェクト指向(object-oriented)という言葉自体は、1972年から80年にかけてプログラミング言語「Smalltalk」を開発したゼロックス社パロアルト研究所の計算機科学者アラン・ケイが、その言語設計を説明する過程で誕生している[1]。本人の述懐によると、大学院時代のケイがプログラミング言語「Simula」に感化されて日夜プログラミング・アーキテクチャの思索に耽っていた1967年頃、今何をしているのかと尋ねてきた知人に対して「object-oriented programmingだよ」とその時の造語で答えたのが原点であるという。このオブジェクト指向が知名度を得るようになったのは1981年頃からであり、当時の著名なマイコン専門誌BYTEによるSmalltalkの誌上紹介が契機になっている。オブジェクト指向の中でケイはメッセージングという考え方を重視していたが、世間の技術的関心はクラスインスタンスの仕組みの方に集まり、オブジェクト指向の解釈はケイの考えとは異なる方向性で推移していった。クラスを初めて導入した言語はSimulaの1967年版だったので、こちらも後付けでオブジェクト指向の源流に位置付けられることになった[2]。Simulaに結び付けられたオブジェクト指向と、Smalltalkで提唱されたオブジェクト指向の性格は全く異なるものだったので、後のオブジェクト指向の解釈に数々の齟齬を生じさせている。1983年に計算機科学者ビャーネ・ストロヴストルップがSimulaをモデルにした言語「C++」を公開し、このC++が人気を博した事でオブジェクト指向プログラミングは本来のSmalltalkではなく、後付けのSimulaスタイルの方で認識されるようになった[3]

オブジェクト指向開発の始動編集

1986年からACM(計算機協会)がOOPSLA(オブジェクト指向会議)を年度開催するようになり、オブジェクト指向はコンピュータサイエンスの一つのムーブメントになった。OOPSLA初期のチェアパーソンは、Smalltalkが生まれたゼロックス社パロアルト研究所のフェローが務めることが多かった。Smalltalkは正確にはプログラミング言語GUIフレームワークを合わせた統合開発運用環境であり、ゼロックスAlto機上のOSまたはミドルウェアとして制作されていた。ゼロックスAltoGUIを初めて汎用的にサポートしたコンピュータとOSであり、かのスティーブ・ジョブスを啓発してMacintoshのモデルになったことはよく知られている。1980年代前半のコンピュータ界隈は、CUI(キャラクタ・ユーザーインターフェース)からGUI(グラフィカル・ユーザーインターフェース)への過渡期であったので、すでにプログラミングパラダイムとGUIデザイン理論をミックスさせていたオブジェクト指向は、その当時における次世代的なソフトウェア開発技術になり得るものとして関心を集めていた。

また別の背景としては、1970年代からの主流である構造化開発が拡張を続けていた中で、様々なデータ構造図データフロー図の技法およびデータモデリングの手法がやや乱立気味になっていたという事情があり、その見直しを兼ねて一からの仕切り直しによるソフトウェア開発技術の標準化(standardization)を図りたいとする産業界や計算機科学界の思惑もあった。オブジェクト指向はそのためのスローガンとしても最適であった。こうした経緯から技術的以外の意味も与えられたオブジェクト指向は同時にバズワード化することにもなっている。構造化開発機能を中心にして機能データ構造を個別にデザインする段階的詳細化を基礎にしていたのに対し、オブジェクト指向はデータと機能を一つにまとめたobjectをソフトウェアデザインの中心にした上でエドガー・ダイクストラ発案の抽象データ構造及びバーバラ・リスコフ提唱の抽象データ型を基礎にしていた。これは前述のSimulaスタイル由来である。オブジェクト指向開発(object-oriented development)という言葉を最初に引用したのは、1986年のソフトウェア技術者グラディ・ブーチであったとされる。その最初の活用対象になったのは、データベース開発とオペレーティングシステム開発およびユーザーインターフェース設計であった。

オブジェクト指向方法論の進展編集

OOPSLAの開催と連動してまずオブジェクト指向設計(OOD)とオブジェクト指向分析(OOA)が立ち上げられた。これは構造化開発のSDとSAに倣っていた。1980年代後半からOOPSLA界隈の識者たちによって様々な分析メソッドと設計メソッドが発表されるようになった。この分析/設計メソッドから導出される概念モデルを、形式的にチャート化ないしダイアグラム化するという作業がモデリングであり、構造化開発でも機能モデルデータモデル実体関連モデル(ER図)などが存在していたが、抽象化を尊ぶオブジェクト指向開発では特にこのモデリングが重視されたのが特徴である。1988年のオブジェクト指向システム分析(OOSA)、1990年からのCoad&Yourdon法、1991年のBooch法オブジェクトモデル化技法(OMT)、1992年のオブジェクト指向ソフトウェア工学(OOSE)、1993年のフュージョンメソッドとMartin&Odell法といった数々のオブジェクト指向方法論(object-oriented methodology)によるモデリング手法が発表され、いずれも形式言語化されていたのでオブジェクト指向では、モデリング言語プログラミング言語が並んでソフトウェア開発の両輪になった。

1990年前後から認知されるようになったオブジェクト指向方法論とは、要求分析概念設計モデリングプログラミングといった一連の工程を総括的に形式化した理論体系であり、ソフトウェア開発の総合技術としてのオブジェクト指向を体現していた。1994年にモデリング言語をプログラム設計に直接適用したGOFデザインパターンが初回発表された。Booch法とOMTとOOSEの考案者(スリーアミーゴス)は、後のIBMブランドになるラショナルソフトウェアで合流して統一モデリング言語(UML)を制作し、1995年のOOPSLAで初回発表した。オブジェクト指向はソフトウェア開発工程の分野にも広がり、モデル駆動工学ドメイン固有言語リファクタリングアジャイルソフトウェア開発といった数々のトピックもOOPSLAから誕生している。IBMラショナルはオブジェクト指向開発工程フレームワークを標榜するラショナル統一プロセスを2003年に公開した。

1989年にはIBM社Apple社、ヒューレットパッカード社サンマイクロシステムズ社アメリカン航空などの11社がコンピュータ産業共同事業団体OMG(Object Management Group)を設立した。その主な目的は、企業システムネットワークの基盤になる分散コンピューティングを構築するための分散オブジェクト設計の標準化を図ることであった。ここでのオブジェクトもデータとメソッドの複合体と定義されていた。1991年に分散オブジェクトの規格パラダイムとなるCORBAが発表された。1997年にOMGの標準モデリング言語はUMLに策定された。モデリングの形式体系化に力を注いでいたOMGはモデル駆動工学のメソッド確立を進めて、2001年にモデル駆動アーキテクチャを発表している。

オブジェクト指向の種類編集

アラン・ケイのオブジェクト指向とは編集

1970年代にゼロックス社パロアルト研究所で誕生し、1981年頃から知名度を得るようになったオブジェクト指向(object-oriented)は同時に発案者であるアラン・ケイの手を離れてプログラミング思想から、スローガンを兼ねたソフトウェア開発理論へと認識拡大し、1986年以降はACM(計算機協会)開催のOOPSLA(オブジェクト指向会議)が中心的な担い手の役割を果たしていた。百家争鳴の様相を呈するようになったオブジェクト指向の世界に対して彼自身の言及は少なくなっている。

1980年代の言及編集

1989年に発表された「User Interface A Personal View」という記事の中でアラン・ケイは、Smalltalkのオブジェクト指向性は大変示唆的であると前置きした上で、そのプログラミング言語でのOOPと、そのGUIフレームワークでのOOUIを照応させながらこう述べている[4]。これは人とコンピュータの対話形式としてのオブジェクト指向に沿ったものになっている。1970年代から80年代にかけてのオブジェクト指向は、GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)と半ば表裏一体で扱われていたという技術史背景がある。

object-oriented means that the object knows what it can do.
(オブジェクト指向とは、オブジェクトが出来る「なにか」を知っていることを意味している)

これは認知心理学アフォーダンスにつながる考え方と解釈されている。その説明の中でケイは、Smalltalkプログラミングを抽象シンボル舞台と形容しており、GUIフレームワークを具象ユーザーインターフェース舞台と形容している。前者の抽象シンボル舞台では、我々は最初にオブジェクトの名前(識別子)をコーディングし、次にそのオブジェクトが実行する「なにか」を伝えるメッセージをコーディングすることになる。後者の具象ユーザーインターフェース舞台では、我々は最初に操作する対象(アイコン)を選択し、次にその対象が提供する「なにか」のメニュー欄を表示選択することになる。この双方を踏まえた上でケイはこう結論している。

In both case we have the object first and the desire second. this unifies the concrete with the abstract in highly satisfying way.
(双方の事例において私達は、オブジェクト(対象)を第一とし、欲求を第二とする。これは高い満足度で具象と抽象を一体化する)

80年代前半までのオブジェクト指向はプログラミングとGUIの融合思想と言った方が適当であり、オペレータがプログラミングでカスタマイズした結果をGUIビュー環境でほぼ同時に確認できるという特性は、コマンドライン実行とキャラクタ文字環境が当然であった時代において革新的であった。プログラミングはコンピュータとの潜在的な対話であり、GUIは顕在的な対話であると形容されている。長じてアイコン選択とメニュー処理を適宜に連携させるGUIの考え方をプログラミングにも応用したものが、後述のオブジェクトとメッセージ式になっている。

1990年代の言及編集

1992年にACMからプログラミング言語史編纂の一環として執筆を依頼されたアラン・ケイは、翌年の「The Early History Of Smalltalk」でオブジェクト指向の原点としてのSmalltalkについて解説している[1]。冒頭の序章で設計理念が説明され、第一章から第三章まではその着想元になったバロースB5000SketchpadSimula、Flex machine、LISPなどの技術史が綴られ、第四章から第六章まではSmalltalkの開発史が記されている。ここでは長い説明を避けて序章から特徴的な要点のみを抜粋する。

Smalltalk's design—and existence—is due to the insight that everything we can describe can be represented by the recursive composition of a single kind of behavioral building block that hides its combination of state and process inside itself and can be dealt with only through the exchange of messages.
(Smalltalkの設計―及び存在―とは、私たちの思い描ける全てが、自己の状態とプロセスの結合を内部隠蔽した個々の振る舞い組立ブロックの再帰構成によって表現され、徹底的なメッセージの交換のみによって処理されるということだ。)

再帰構成はSmalltalkの実体(entity)概念であり、メッセージ交換は関連(relationship)概念である。再帰の概念は後続文にも繰り返し登場しており、Smalltalk設計のあらゆる局面に影響を与えている。もっとも再帰は一般知識であり、例えばジョン・マッカーシーLISPの設計をrecursive functions of symbolic expressions and their computation by machine.(記号式の再帰関数群と機械によるその計算)と概略していた。メッセージ交換は徹底的な疎結合および遅延結合を意味しており、同時にそれは情報隠蔽概念にも繋がっている。

In computer terms, Smalltalk is a recursion on the notion of computer itself. Instead of dividing "computer stuff" into things each less strong than the whole—like data structures, procedures, and functions which are the usual paraphernalia of programming languages—each Smalltalk object is a recursion on the entire possibilities of the computer.
(Smalltalkは計算観念の自己再帰である。コンピュータプログラムをその全体からの劣化要素―データ構造、手続き、関数といった言語機能の諸々に分割していくのではなく、Smalltalkのオブジェクトはそれぞれが全体的な計算可能性を備えた再帰要素になる。)

Smalltalkオブジェクトが備えている全体的な計算可能性とは、実装レベルでは一般的な関数呼び出しではなく、その関数名シンボルに相当するセレクタを実行時解釈するメッセージパッシングの仕組みを用いることと、セレクタの自由な解釈による他の関連オブジェクトへの積極的な委譲を用いることを意味している。その対義概念になる全体からの劣化要素への分割とは、いわゆる型付けによる型システムの導入と同義になり、他の論考でもケイは型システムに対して否定的な見解を示していた。型理論からの主旨が計算可能性のフォールトアヴォイダンスである型システムに対して、オブジェクト指向は計算可能性のフォールトトレランスが前提ということになる。ただし全体的な計算可能性を表現するための委譲は規則的かつ段階的に行われるべきであったので、そのためにクラスインスタンスの仕組みが実装された。

Philosophically, Smalltalk's objects have much in common with the monads of Leibniz and the notions of 20th century physics and biology. Its way of making objects is quite Platonic in that some of them act as idealizations of concepts—Ideas—from which manifestations can be created.
(哲学面でのSmalltalkオブジェクトは、ライプニッツモナドや20世紀の物理・生物学思考との共通点を見出せる。オブジェクトの構築は、イデアから現象が創生されるという全くのプラトニックである。)

ここでのモナドはオブジェクトの情報隠蔽を示唆しており、イデア論はクラスのインスタンス化を示唆している。しかし、クラスもまたメタクラスのインスタンス化とするような再帰構成のインスタンス関係は、その複雑さに見合うほど有用では無かったことが言及されている。また、クラスからサブクラスを派生させるという継承関係はあくまで実用重視で導入されたが、ただの階層的ではないネットワーク的構造も同時に模索されていた。これは最終的には単一継承データクラスに純粋な振る舞いTraitを多重継承させるというサブタイプ多相とアドホック多相を融合したMixinスタイルに落ち着いたようであり、これを初めて導入したCLOSが標榜するMetaobject Protocolを、ケイは1997年のOOPSLAでOOPに対する最も深い洞察と論評している。Objectがモナドで言う”窓のない部屋”であるのに対して、Metaobjectは”部屋のない窓”であり、窓の向こう側にある部屋の中の窓の向こう側に~という風に、他者との繋がり()で左右される自己対象を表現していた。第四章では、Smalltalkの汎化的言語仕様が六項目にまとめられており、それらには上述の再帰構成および自己再帰の計算性質が随所に盛り込まれている。

1, EverythingIsAnObject.

2, Objects communicate by sending and receiving messages (in terms of objects).

3, Objects have their own memory (in terms of objects).

4, Every object is an instance of a class (which must be an object).

5, The class holds the shared behavior for its instances (in the form of objects in a program list).

6, To eval a program list, control is passed to the first object and the remainder is treated as its message.

この和訳は以下のようになるが、ここでは長い説明を避けて再帰構成にまつわる要点のみを解説する。

  1. すべてはオブジェクトである。
  2. オブジェクトはメッセージの送信と受信によってコミュニケーションする。
  3. オブジェクトは自身の記憶を持つ。
  4. すべてのオブジェクトはクラスのインスタンスである。クラスもまたオブジェクトである。
  5. クラスはそのインスタンスで共有される振る舞いを保持する。振る舞いとはプログラムリスト・オブジェクトである。
  6. プログラムリストの評価では、制御は最初のオブジェクトに渡され、残りはそのメッセージとして扱われる。

(2)のコミュニケーションとは、オブジェクトの呼出ないし委譲による自己再帰、相互再帰、巡回再帰の流れを指していると見てよい。(3)の記憶とはつまりデータであるが、キーと値のマッピングによる辞書データとして実装されて動的型付け性質になり、値=オブジェクトなので即ちオブジェクトの記憶とはオブジェクトの再帰構成になる。(4)は、クラスもまたメタクラスインスタンスであり、メタクラスもまたメタメタクラスのインスタンスになるという再帰構成を意味している。(5)の振る舞いとはプレースホルダを内包しているプログラムリストであることを意味している。プレースホルダはインスタンス変数箇所であり実体化されたインスタンス別に変数内容が定まる。プログラムリストとはLISPのフォームリストに因んだものであり、関数変数シンボルとアトムと数値を連ねたデータ列で、これをコードとして解釈演算するのが評価(eval)である。数値とアトム(文字列)はオブジェクトである。アトムとシンボルは表裏一体の存在であり、双方は文脈によって自在に切り替わる。変数シンボルはただ評価されて束縛先オブジェクトになり、関数シンボルは引数/空引数と共にプロセス付帯評価されて返り値オブジェクトになる。(6)は、シンボル・アトム・数値などはその時の並べられた順序によっていずれもが制御オブジェクトになり、いずれもがそれに渡されるメッセージになるという再帰構成を意味している。

2000年代の言及編集

21世紀になるとSmalltalk処理系の開発は下火になったが、それ故に実装可能性の束縛から離れた元々の構想が語られる機会も生み出している。2003年にアラン・ケイはオブジェクト指向への貢献でチューリング賞を受賞し、知人から改めてオブジェクト指向の意味を尋ねられたケイは以下のようにメール返信している[5]。このメールは1960年代末からの源流構想をケイらしくさり気なく簡潔にまとめたものとしてしばしば引用される。ここでは文章順に各要点を抜粋しながら説明していく。

I thought of objects being like biological cells and/or individual computers on a network, only able to communicate with messages.
(さながら生物の細胞、もしくはネットワーク上の銘々のコンピュータ、それらはただメッセージによってコミュニケーションする存在、僕はオブジェクトをそう考えている)

上記はケイ本来のオブジェクトの在り方を述べたものであり、特に解説はしない。

I wanted to get rid of data. The B5000 almost did this via its almost unbelievable HW architecture. I realized that the cell/whole-computer metaphor would get rid of data, ...
(僕はデータを取り除きたかった。これをバロースB5000は驚くべきHWアーキテクチャでほとんど実現していた。僕は気付いた。細胞/全体コンピュータメタファはデータを除去できるであろうと、)

ここでプログラムからデータを取り除きたいという独特の考えが提示されている。なお、HWアーキテクチャとは前節での再帰構成の仕組みに似た技術のようである。細胞/全体(cell/whole)というワードもそれと同等と見てよい。

My math background made me realize that each object could have several algebras associated with it, and there could be families of these, and that these would be very very useful.
(僕の数学専攻経験がこれを気付かせた。各オブジェクトは幾つかの関連付けられた代数を持ち、またその系統群もあるかもしれない。それらは大変有用になるだろうと)

ここで代数というワードが登場する。これは数学で言われる代数的構造のプログラミング応用例と解釈してよい。

OOP to me means only messaging, local retention and protection and hiding of state-process, and extreme late-binding of all things.
(僕にとってのOOPとは、メッセージング、ステートプロセスの局所保持かつ保護かつ隠蔽、徹底的な遅延バインディング、これだけの意味だった)

メッセージングは恐らくメッセージパッシングに類似の概念であるが、一般に連想されやすいリモートプロシージャコールとは異なることが言及されているので、そうした理由からこちらの造語が使われているようである。ステートプロセスは前節の再帰構成(recursive composition)と前述の代数(algebra)と後述の非データ(non-data)の考え方を合わせた独特のデータとコードの一体化概念であり、これも造語である。遅延バインディングは関数/変数の実行時多態である。

One of the things I should have mentioned is that there were two main paths that were catalysed by Simula. The early one (just by accident) was the bio/net non-data-procedure route that I took. The other one, which came a little later as an object of study was abstract data types, and this got much more play.
(僕が触れるべきだった一つは、Simulaを触媒にした二本の道があったということだ。最初の一本はバイオ/ネットな非データ手順で僕が選んだ方。少し遅れたもう一本は抽象データ型でこっちの方がずっと賑わっている)

ここで抽象データ型(abstract data type)に対する非データ手順(non-data-procedure)というワードが登場する。振る舞いを通してデータを扱うというデータ抽象の概念を、更に抽象化したものが非データであり、代数学で言う写像のみによってデータを表現するという概念を指している。写像の組み合わせによる情報要素の連携表現はメッセージングに沿ったものになり、その組み合わせ内の任意部分の随時変化によってもたらされる情報多相は徹底的な遅延バインディングと同義になる。その実装理論には圏論で言われる関手の構造が応用されることになり、関数型言語の世界ではそれで実践されている。代数的構造マグマは二項演算子で結ばれた各項を入れ子的に次々と二項化できる再帰構成である。マグマに結合律を加えた半群並行計算向けの再帰構成を可能にする。半群に単位元を加えたモノイド恒等射によって非データ手順向けの再帰構成を可能にする。

And the very first problems I solved with my early Utah stuff was the "disappearing of data" using only methods and objects. At the end of the 60s (I think) Bob Balzer wrote a pretty nifty paper called "Dataless Programming", and shortly thereafter John Reynolds wrote an equally nifty paper "Gedanken" (in 1970 I think) in which he showed that using the lamda expressions the right way would allow data to be abstracted by procedures.
ユタでの専攻知識で僕が解決した最初期の問題はメソッドとオブジェクトのみを用いてのデータの消滅だった。1960年代末にBob Balzerはデータレス・プログラミングというものを書き示した。直後の1970年にJohn Reynoldsはラムダ式を用いての手順によるデータ抽象化の正しい方法を書き示した)

非データ手順(non-data-procedure)のプログラミング実践例としては、ポイントフリースタイルや自由モナドなどが挙げられる。いずれも数学の代数的構造のプログラム応用例であり、純然たる宣言型および純粋関数型の分野になる。これにケイの生物学専攻を背景にしたバイオ/ネット(bio/net)なる考えが加えられているが、これは前述の細胞/全体(cell/whole)と似たような再帰構成的な概念と見てよい。プロセス代数並行計算の実装理論として重視されており、メッセージングはこの枠組みにも沿った概念になっている。

The people who liked objects as non-data were smaller in number,
(非データとしてのオブジェクトを好む者は少なかった、)

ここで歴史に戻る。1970年前後になるとソフトウェア危機としても語られるプログラム規模拡大に対応するために、サブルーチンとデータをまとめたプログラムモジュールという機能が登場した。それと同時期の1967年にオルヨハン・ダールらはクラスという機能を備えたSimula67を開発し、1969年からエドガー・ダイクストラは抽象データ構造という概念を備えた構造化プログラミングを提唱した。1974年からIBM社中心の研究者たちが構造化分析/設計と総称される技法を発表し、構造化プログラミングはこちらに取って代わられた。1972年からアラン・ケイはメッセージングという概念を備えたオブジェクト指向を誕生させている。オブジェクト指向は後にクラス・パラダイムにマウントされている。

構造化設計は、サブルーチン複合体とデータ構造を扱っている具象データ(concrete data)技術である。Simula発のクラスとダイクストラ発の抽象データ構造は、プログラムモジュールにカプセル化継承多態性を備えて抽象体として扱おうとする抽象データ(abstract data)技術である。そしてアラン・ケイ本来のオブジェクトとは、プログラムモジュールを生物学代数学の観点から再解釈した非データ(non data)技術であった。構造化開発は1980年代までの主流であり、続けてオブジェクト指向が主流になったが、現在においてもクラスをただのデータとメソッドの複合体として扱っているようなオブジェクト指向は、構造化開発と大差ないものになり「具象データ」から「抽象データ」への思考転換の難しさを物語っている。モジュールの抽象化が提唱され始めたのは1970年代であったが、同時期にアラン・ケイは「抽象データ」を更に抽象化した「非データ」を構想していた。

2020年の言及編集

Q&AサイトのQuoraで「1966~67年のオブジェクト指向という造語を発したアラン・ケイに誰かが影響を与えていたのか?」という質問に対して本人がこう回答している。なお、rotationとは「一つのコンピュータはどこかのコンピュータができることをできる、相互通信によってあらゆる規模の計算可能性を表現できる」を意味しており、これも再帰構成の考え方を踏襲している。

In the 1960s, software composites that were more complex than arrays, were often called “objects”, and all the schemes I had seen involved structures that included attached procedures. A month or so after the “rotation” someone asked me what I was doing, and I foolishly said “object-oriented programming”.
(60年代、配列より複雑なソフトウェア構成体はしばしばオブジェクトと呼ばれており、僕のスキームにあった手続き付きの構造体もそうだった。rotation構想の後、今何をしているのかと尋ねられた僕は愚かにもこう言った。オブジェクト指向プログラミングと。)

The foolish part is that “object” is a very bad word for what I had in mind — it is too inert and feels too much like “data”. Simula called its instances “processes” and that is better.“Process-oriented programming” would have been much better, don’t you think?
(愚かしいこのオブジェクトは僕の考えを表現するのにとても悪い言葉だった。不活性的でデータを過剰に意識させたからだ。Simulaはプロセスと呼んでいた。こっちがよかったな。プロセス指向プログラミングの方がずっと良かったと思わないかい?)

脚注編集

出典

関連項目編集

外部リンク編集