クウォダヴァ (ポーランド語:Kłodawa)[kwɔˈdava](ドイツ語: Tonningen)は、ポーランドヴィエルコポルスカ県東部の町。 国土のほぼ中央に位置し、ヴァルタ川の支流のRgielewka川に面する。 2017年12月31日の人口は6530人[1]。 同国最大の岩塩鉱が稼働している。

クウォダヴァ
Kłodawa
18世紀に建てられたAssumption of the Blessed Virgin Mary教会
18世紀に建てられたAssumption of the Blessed Virgin Mary教会
クウォダヴァの紋章
徽章
クウォダヴァの位置(ポーランド内)
クウォダヴァ
クウォダヴァ
座標: 北緯52度15分2秒 東経18度54分56秒 / 北緯52.25056度 東経18.91556度 / 52.25056; 18.91556
ポーランドの旗 ポーランド
ヴィエルコポルスカ県
コウォ郡英語版
設立 11世紀
都市法 1430-1867, 1925
行政
 - 市長 Józef Chudy
面積
 - 計 4.32km2
人口(2017)
 - 計 6,530
 - 密度 1,500/km2
等時帯 中央ヨーロッパ時間UTC+1
 - 夏時間(DST 中央ヨーロッパ夏時間UTC+2
郵便番号 62-650
市外局番 +48 63
車両番号 PKL
ウェブサイト http://klodawa.wlkp.pl

歴史編集

約4000年前にはSłupeczka村近郊に集落が存在した。

約2500年前のルサチア文化の遺物が発見された。

11世紀、聖Giles教会が建設された。

1430年8月9日ヴワディスワフ2世から都市法を与えられた。

1650年代大洪水時代には、スウェーデン軍に占領され激しく破壊された。 外からの支援も有ったが、復興には長い時間がかかった。

1793年の第2次ポーランド分割の結果プロイセンに占領された。

1806年ワルシャワ公国の一部になった。

1815年ポーランド立憲王国(ロシア帝国の衛星国)の一部になった。

1867年、都市法を失った。

第一次世界大戦が終わるとポーランドに返還された。

1925年、都市法を再獲得した。

1940年第二次世界大戦ナチス・ドイツに占領され、Tonningenと改名された。

1941年、1500人以上のクウォダヴァ在住のユダヤ人ヘウムノ強制収容所で虐殺された。

1943年、クウォダヴァ教区司祭のTeofil Choynowski神父がダッハウ強制収容所で殺害された。

1945年1月19日ソ連赤軍に占領された。

クウォダヴァの著名人編集

主要都市までの距離編集

脚注編集

外部リンク編集

座標: 北緯52度15分 東経18度55分 / 北緯52.250度 東経18.917度 / 52.250; 18.917