グナエウス・コルネリウス・ブラシオ

グナエウス・コルネリウス・ブラシオラテン語: Gnaeus Cornelius Blasio、生没年不明)は紀元前3世紀中頃の共和政ローマの政治家、軍人。執政官(コンスル)に二度選出され、第一次ポエニ戦争を戦った。

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グナエウス・コルネリウス・ブラシオ
Cn. Cornelius P. f. Cn. n. Blasio
出生 不明
死没 不明
出身階級 パトリキ
一族 ブラシオ
氏族 コルネリウス氏族
官職 執政官 I(紀元前270年)
監察官(紀元前265年)
執政官 II(紀元前257年)
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出自編集

パトリキ(貴族である)コルネリウス氏族の出身。父のプラエノーメン(第一名、個人名)はプブリウス、祖父はグナエウスである[1]ブラシオ家で執政官になったのはグナエウス一人で、氏族の他の人物との関係は不明である。

経歴編集

紀元前270年、ブラシオは執政官に選出された。同僚のガイウス・ゲヌキウス・クレプシナは二度目の執政官選出であった。この年、両執政官はレギウム(現在のレッジョ・ディ・カラブリア)での戦いに勝利し、ブラシオだけが凱旋式を挙行する栄誉を得ている。紀元前265年には、ガイウス・マルキウス・ルティルス・ケンソリヌスと共にケンソル(監察官)に選出されている。紀元前257年には二度目の執政官に選出されるが、同僚はガイウス・アティリウス・レグルスであった[2]

脚注編集

  1. ^ カピトリヌスのファスティ
  2. ^ T. Robert S. Broughton : The Magistrates of the Roman Republic . Vol. 1: 509 BC-100 BC . Cleveland, Ohio: Case Western Reserve University Press, 1951. Unchanged Reprint 1968. (Philological Monographs, Eds., By the American Philological Association, Vol. 15, Part 1), p. 198, p. 202,

参考資料編集

  • Friedrich Münzer : Cornelius 73. In: Paulys Realencyclopädie der classischen Altertumswissenschaft (RE). Band IV,1, Stuttgart 1900, Sp. 1271 f.

関連項目編集

公職
先代:
カエソ・クィンクティウス・クラウドゥス
ルキウス・ゲヌキウス・クレプシナ
ローマ執政官 I
紀元前270年
同僚
ガイウス・ゲヌキウス・クレプシナ II
次代:
クィントゥス・オグルニウス・ガッルス
ガイウス・ファビウス・ピクトル
先代:
アウルス・アティリウス・カラティヌス
ガイウス・スルピキウス・パテルクルス
ローマ執政官 II
紀元前257年
同僚
ガイウス・アティリウス・レグルス・セッラヌス
次代:
ルキウス・マンリウス・ウルソ・ロングス
クィントゥス・カエディキウス
公職
先代:
紀元前269年 XXXIV
クィントゥス・マルキウス・ピリップス
ルキウス・アエミリウス・バルブラ
ローマケンソル
紀元前265年 XXXV
同僚
ガイウス・マルキウス・ルティルス・ケンソリヌス II
次代:
紀元前258年 XXXVI
ガイウス・ドゥイリウス
ルキウス・コルネリウス・スキピオ