コンラード・バーデン

コンラード・バーデンConrad Baden1908年8月31日 - 1989年6月11日)は、ノルウェー作曲家オルガニスト

ドランメン出身。教会オルガニストの息子として生まれる。オスロ音楽院でオルガニストとしての教育を受け、1931年に卒業。その後ライプツィヒ音楽院ギュンター・ラファエルクルト・トマスに師事。1934年から1936年までペール・ステーンベルグ対位法を、1940年から1942年までビャーネ・ブルースタ管弦楽法作曲を学んだ。1950年にはパリジャン・リヴィエアルテュール・オネゲルパウル・ヒンデミットの教えを受けた。

バーデンは47年間故郷とオスロでオルガニストを務め、1947年からはオスロ音楽院の教授となった。また音楽評論活動も活発に行った。

作風は1930年代には北欧ロマン主義の伝統に沿ったものだったが、1950年代からフランス風の新古典主義音楽へと変化し、最後には十二音音楽を取り入れた[要出典]。作品にはミサ曲モテットカンタータ歌曲協奏曲交響曲などがある。