スキサメトニウム(英:suxamethonium)とは筋弛緩薬の1つ。四級アンモニウム化合物の一つで、医薬品としては塩化物の塩化スキサメトニウムSuxamethonium chloride)として市販されている。サクシニルコリンSuccinylcholine)の名でも知られる。ツボクラリンの構造をヒントに開発された。悪性高熱症のリスクはあるものの、現存の筋弛緩薬では効果発現時間と持続時間共に最短であり、全身麻酔時の迅速導入に適する。

スキサメトニウム塩化物
IUPAC命名法による物質名
臨床データ
販売名

スキサメトニウム、レラキシン

海外ではアネクチン(Anectine)、クエリシン(Quelicin)
胎児危険度分類
  • AU: A
  • US: C
法的規制
投与経路 静注、筋注
薬物動態データ
生物学的利用能?
血漿タンパク結合?
代謝偽コリンエステラーゼ
サクシニルモノコリンとコリンに分解
半減期?
排泄腎臓 (10 %)
識別
CAS番号
306-40-1 チェック
ATCコード M03AB01 (WHO)
PubChem CID: 22475
IUPHAR/BPS 4004
DrugBank DB00202 ×
ChemSpider 21080 チェック
UNII J2R869A8YF チェック
KEGG D00766  チェック
ChEBI CHEBI:61219 チェック
ChEMBL CHEMBL983 チェック
別名 スクシニルコリン[1]
化学的データ
化学式C14H30N2O4
分子量290.399 g/mol
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「サクシン」2 %注射液

日本での商品名はサクシンだったが、名称取り違えによる本薬品の誤投薬事故があったため(後述)、事故後の2009年にスキサメトニウムと改められた。日本では他にレラキシンという商品名でも販売されている。

概要 編集

神経筋接合部における筋肉終板ニコチン受容体をアセチルコリンと同様に活性化することにより脱分極を起こす。ただし、アセチルコリンと違い、コリンエステラーゼにより分解されるのが遅いために脱分極が持続し、Na+チャネルが不活性化状態となり活動電位が発生しなくなる。コリンエステラーゼ阻害剤コリンエステラーゼによるスキサメトニウムの分解を抑制するため、この薬剤との併用では薬剤の効果時間はより長くなる。コリンエステラーゼ阻害剤は非脱分極性筋弛緩薬の効果を逆転させるために通常は投与されるが、脱分極性筋弛緩薬の本薬では、むしろ逆効果になるということである。

気管挿管を容易にするために使用される。精神科電気痙攣療法の筋弛緩にも使われる[2]

動物用医薬品としても利用されているが、捨てられた動物の殺処分安楽死)のために処方されることがある[3]

効能・効果 編集

副作用 編集

強心配糖体との併用で不整脈を起こす可能性がある。眼内圧亢進作用を有するため、緑内障患者への使用は禁忌。

また悪性高熱の原因の一つと目されているため、近年では麻酔科臨床において使用される頻度は減っている。

供給停止危機と再開 編集

2022年11月28日、現在の製造方法では日本薬局方に則っていないことが判明し、一方、改善が容易ではなく新規製造が出来ない状況と日本麻酔科学会よりアナウンスされた[4]。2023年1月現在、供給停止決定となり、再開の目処が立たなくなった[5]。臨床的に必要性が高いために、日本麻酔科学会など五団体より製造再開の要望が出されるなど[4]、販売会社や厚労省と折衝が重ねられた結果、最終的に日本薬局方外での原薬を用いた製造が正式に承認された。2023年5月に臨床使用再開される見込となったことが公示された[6]

誤投薬事故 編集

かつてスキサメトニウムの商品名であった「サクシン」は、ヒドロコルチゾンステロイド製剤)の「サクシゾン」と名称がよく似ているため、2008年徳島県健康保険鳴門病院でサクシゾンと間違え、サクシンの誤投与がなされ患者が死亡するという事故が起きた[7]。この事故を受けての厚生労働省の対策指示により、翌2009年に製造元のアステラス製薬は商品名「サクシン注射液」を「スキサメトニウム注」に変更した[8]

フィクションでの使用 編集

  • 1995年に公開された日本の怪獣映画『ガメラ 大怪獣空中決戦』では、スキサメトニウムが序盤の福岡ドームにおけるギャオス捕獲作戦において使用された。劇中では別名である「サクシニルコリン」と呼称されており、「サクシニルコリンの飽和溶液を3 ccづつ」という台詞がある。
  • ライトノベル「ソードアート・オンライン」の第三章であるファントム・バレット編において、殺害手段としてサクシニルコリンが使用された。
  • 東野圭吾の小説「パラドックス13」の作中、意識不明になった登場人物を安楽死させるためスキサメトニウム(作中ではサクシン)が使用された。

関連項目 編集

脚注 編集

  1. ^ スクシニルコリン」 - J-GLOBAL
  2. ^ 脳電気ショックの恐怖再び 水野昭夫 現代書館 2007年 ISBN 9784768469507 p34
  3. ^ 資料3 犬ねこの引取りや殺処分等 - 環境省
  4. ^ a b スキサメトニウム注射剤の安定供給について”. 公益社団法人日本麻酔科学会. 2022年11月29日閲覧。
  5. ^ スキサメトニウム注射剤の安定供給について|公益社団法人 日本麻酔科学会”. anesth.or.jp. 2023年1月16日閲覧。
  6. ^ 【周知】スキサメトニウム製造再開承認に際して|公益社団法人 日本麻酔科学会”. anesth.or.jp. 2023年5月18日閲覧。
  7. ^ 詳しい経緯は健康保険鳴門病院 誤投薬事故調査報告書 (PDF) を参照のこと (リンク切れ)
  8. ^ 「サクシン注射液」から「スキサメトニウム注」への販売名変更のお知らせ (PDF) 、アステラス製薬、2009年7月、2016年4月6日閲覧

参考文献 編集

  • 伊藤勝昭ほか編集 『新獣医薬理学 第二版』 近代出版、2004年、ISBN 4-87402-101-8