ジョン・エジャートン (第2代ブリッジウォーター伯爵)

第2代ブリッジウォーター伯爵ジョン・エジャートン英語: John Egerton, 2nd Earl of Bridgewater PC1623年5月30日 - 1686年10月23日)は、イングランド王国の貴族、政治家。エジャートン家英語版出身。

第2代ブリッジウォーター伯爵ジョン・エジャートン

生涯編集

 
ピーター・レリーによる肖像画、1665年。

初代ブリッジウォーター伯爵ジョン・エジャートン英語版とフランシス・スタンリー(Frances Stanley、1583年5月 - 1636年3月11日)の三男(長男ジェームズと次男チャールズは夭折)として、1623年に生まれた[1]。1633年にグレイ法曹院に入学した[2]。1649年12月4日に父が死去すると、ブリッジウォーター伯爵の爵位を継承した[1]

1660年7月3日から1686年10月26日までバッキンガムシャー首席治安判事英語版[3]、1660年から1686年までバッキンガムシャー統監英語版を、1681年から1686年までハートフォードシャー統監英語版を務めた[1]。また、1663年5月24日にオックスフォード大学よりM.A.の学位を授与され、1667年2月13日にイングランド枢密院英語版の枢密顧問官に任命された[1]

1686年10月26日に死去、11月4日にリトル・ガズデン英語版で埋葬された[1]。長男ジョンが爵位を継承した。

家族編集

1641年7月22日、エリザベス・キャヴェンディッシュ(1626年 - 1663年6月14日、初代ニューカッスル=アポン=タイン公爵ウィリアム・キャヴェンディッシュの娘)と結婚[1]、下記の子女を儲けた。

脚注編集

  1. ^ a b c d e f Cokayne, George Edward; Gibbs, Vicary, eds. (1912). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (Bass to Canning) (英語). 2 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press, Ltd. p. 312.
  2. ^ Foster, Joseph, ed. (1891). Eade-Eyton. Alumni Oxonienses 1500-1714 (英語). Oxford: University of Oxford. pp. 440–479.
  3. ^ Sainty, John Christopher (November 2002). "Custodes Rotulorum 1660-1828". Institute of Historical Research (英語). 2019年7月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年7月14日閲覧
  4. ^ Patrick Cracroft-Brennan, Bridgewater, Earl of (E, 1617 - 1829) in Cracroft's Peerage. Accessed 14 July 2019.

関連図書編集

名誉職
空位
最後の在位者
ウォートン男爵英語版
バッキンガムシャー統監英語版
1660年 - 1686年
次代
ブリッジウォーター伯爵
空位
最後の在位者
ブリッジウォーター伯爵英語版
バッキンガムシャー首席治安判事英語版
1660年 - 1686年
次代
ジェフリーズ男爵英語版
先代
ダービー伯爵英語版
チェシャー統監英語版
1673年 - 1676年
次代
ダービー伯爵
ランカシャー統監英語版
1673年 - 1676年
先代
エセックス伯爵英語版
ハートフォードシャー統監英語版
1681年 - 1686年
次代
ロチェスター伯爵
イングランドの爵位
先代
ジョン・エジャートン英語版
ブリッジウォーター伯爵
第2期
1649年 - 1686年
次代
ジョン・エジャートン