セオドラ・ティス・エラザス (1906-1969)
セオドラ・ティス・エラザス・ケ・ザニアス(ギリシャ語: Θεοδώρα της Ελλάδας και Δανίας, 1906年5月30日 - 1969年10月16日)は、ギリシャの王族。ゲオルギオス1世の孫娘の1人。ギリシャ王女およびデンマーク王女。ドイツのバーデン辺境伯ベルトルトと結婚した。
セオドラ・ティス・エラザス Θεοδώρα της Ελλάδας | |
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グリクシンブルグ家 | |
称号 | バーデン辺境伯夫人 |
出生 |
1906年5月30日 ギリシャ王国、コルフ島 |
死去 |
1969年10月16日(63歳没) 西ドイツ、ヘッセン州ビューディンゲン |
配偶者 | ベルトルト・フォン・バーデン |
子女 |
マルガレーテ マクシミリアン・アンドレアス ルートヴィヒ |
父親 | アンドレアス・ティス・エラザス |
母親 | アリス・オブ・バッテンバーグ |
生涯
編集セオドラはゲオルギオス1世の四男アンドレアス王子とその妻アリス・オブ・バッテンバーグの次女、第2子として、ギリシャのコルフ島で生まれた。母方の祖父はイギリスに帰化したドイツ貴族である初代ミルフォード=ヘイヴン侯爵ルイス・アレグザンダー・マウントバッテンである。弟のフィリッポスは、イギリス女王エリザベス2世と結婚してエディンバラ公を名乗っている。3人の姉妹、マルガリタ(ホーエンローエ=ランゲンブルク侯夫人)、セシリア(ヘッセン大公世子妃)、ソフィア(ヘッセン公子妃、ハノーファー王子妃)は、セオドラと同様にドイツの王侯貴族に嫁いだ。 家族内では「ドーラ(Dolla)」の愛称で呼ばれた。
1931年8月17日、セオドラはバーデン辺境伯ベルトルトと結婚した。ベルトルトは最後のドイツ帝国宰相でバーデン大公家家長のマクシミリアン・フォン・バーデンの長男で、2人は又従兄妹同士であった(ともにデンマーク国王クリスチャン9世の曾孫にあたる)。辺境伯夫妻は3人の子女をもうけた。1969年、西ドイツのビューディンゲンで亡くなった。
子女
編集- マルガレーテ・アリーツェ・ティーラ・ヴィクトリア・ルイーゼ・スホラスティカ(1932年 - 2013年) - 1957年、ユーゴスラビア王子トミスラヴと結婚(1981年離婚)
- マクシミリアン・アンドレアス・フリードリヒ・グスタフ・エルンスト・ベルンハルト(1933年 - ) - バーデン辺境伯、1966年にオーストリア大公女ヴァレリー(フランツ・ザルヴァトール大公の孫娘)と結婚
- ルートヴィヒ・ヴィルヘルム・ゲオルク・エルンスト・クリストフ(1937年 - )