ダルブー導関数[注 1]: Darboux derivative)とは、リー群に値を取る関数に対する導関数概念であり、(意味のある)「微分積分学の基本定理」の概念を定式化できる。


以下本項では特に断りがない限り、単に「関数」、「多様体」等といった場合はすべてC級のものをあらわすとする。

動機 編集

文献[1]を参考にダルブー導関数を定義する動機を述べる。実数体上の関数 の導関数 fそれ自身と同じく から への関数なので、 からfを求める問題、すなわち

与えられた関数 に対し、 となる関数 を求めよ

という問題は意味を持ち、微分積分学の基本定理を使って解を求める事ができる。


それに対し、多様体から多様体への写像 に対し、導関数 からfを求める問題は自明なものになってしまう。

なぜなら の定義式の中にfそれ自身の情報が「埋め込まれて」おり、接ベクトル  による像  の元であるので、 がどの点の接ベクトルなのかを調べる事でPの像 が再現できてしまうからである。

実数体上の関数 に対してこの問題が意味を持つのは によるvPの像 を原点 まで移動したものを導関数 としているので、fそれ自身の情報が消し去られているからである。


ダルブー導関数は、fの値域がリー群である場合に、実数体の場合と同様 の像を単位元 まで移動する事で、 に埋め込まれているfの情報を消し去った導関数概念である。すなわち、

 

を多様体Mからリー群Gへの写像とするとき、fの導関数 による像にGの元をかける事で の像が単位元eにおける接ベクトル空間 (これはGリー代数 に等しい)に移動したものを

 

と書き、fダルブー導関数と呼ぶ。ダルブー導関数では  に移動する事でfの情報を消し去っているので、

与えられた に対し、 となる関数 を求めよ

という問題は非自明である。Mωが十分性質がよければ上記の問題は解を持つ事が知られており、これはダルブー導関数に対する「微分積分学の基本定理」であると解釈できる。

準備 編集

ダルブー導関数について述べるための準備として、モーレー・カルタン形式を導入する。

定義 (モーレー・カルタン形式) ― Gをリー群とし、 をそのリー代数とするとき、Gの各点gに対しG上の 値1-形式 

 

により定義し、ωGgGgにおけるモーレー・カルタン形式という。

ここで は群の左作用 が誘導する写像である。

モーレー・カルタン形式は以下を満たす[2]

定理 ―  

  •  
  •  

ここで  上のリー括弧であり、 -値1-形式αβに対し、 である。

上記の2式のうち下のものをモーレー・カルタンの方程式[3]: Maurer-Cartan equation)、もしくはリー群G構造方程式[4]: structure equation)という。

定義 編集

本節ではダルブー導関数を具体的に定式化する。

すでに述べたように のダルブー導関数とは、 の像を群の元をかけることで まで移動したものである。具体的には  に対し、  の元なので、 を左からかける演算 の導関数 を作用させた

 

fのダルブー導関数である。この事実とモーレー・カルタン形式の定義を照らし合わせる事で、ダルブー導関数を以下のように定式化できる事がわかる:

定義 (ダルブー導関数) ―   (左)ダルブー導関数: (left) Darboux derivative)とはM上の -値1-形式

 

の事である[5]

モーレー・カルタン形式が構造方程式を満たすことから、以下が成立する事がわかる:

定理 ― ダルブー導関数は以下を満たす[5]

 

微分積分学の基本定理 編集

本節の目標はωをダルブー導関数に持つ関数が存在する条件を記述する事である。

そのための準備として、まず「発展」という概念と「モノドロミー」という概念を定義する。

発展 編集

fの定義域が区間 の場合は、「微分積分学の基本定理」が成り立つ:

定理 ― ωを区間 上の -値1-形式とし、gGの元とする。このとき、関数 

  

を満たすものが一意に存在する[6]

上記の定理を多様体M上の曲線に対して用いる事で以下の定義が得られる:

定理・定義 (曲線の発展) ― ωを多様体M上の -値1-形式とし、 M上の曲線とし、gGの元とし、 ωcによる への引き戻しとする。このとき、 

  

を満たすものが存在する。  gからのcに沿ったω発展: development of ω along c starting at g)という[6]

モノドロミー 編集

ωが構造方程式を満たせば、発展の終点はホモトピー不変である:

定理 ― ωを多様体M上の -値1-形式で

 

を満たすものとする。さらに M上の2つの曲線でc0の始点、終点がそれぞれc1の始点、終点に一致するものとし、さらにgを元Gの元とする。

このとき、c0c1が(始点と終点を固定した)ホモトープであれば、c0gからの発展 の終点とc1gからの発展 の終点は等しい[7]

よってMの点P0におけるM基本群 を考えると、 cの発展 の終点 を対応させる写像は代表元cの取り方によらずwell-definedである。

定理・定義 (モノドロミー) ― 記号を上述のように取るとき、写像

 単位元eからの の発展 の終点) 

は準同型になる。 ωモノドロミー表現: monodromy representation)といい、Gの部分群 モノドロミー群: monodromy group)もしくは周期群: period group)という[7]

定理の記述 編集

モノドロミーを用いると、ωをダルブー導関数に持つ関数が存在する必要十分条件を特徴づける事ができる:

定理 (微分積分学の基本定理(: Fundamental theorem of calculus[7])) ― Gをリー群とし、 Gのリー代数とし、Mを多様体とし、ωM上の -値1-形式とする。このとき、ダルブー導関数 ωと一致する関数 が存在する必要十分条件は、以下の2条件が成立する事である[7]

  •  
  • モノドロミー群 は単位元のみからなる群 である。

定理 (解の実質的な一意性) ― 記号を上の定理と同様に取る。このとき、ダルブー導関数 ωと一致する関数2つが存在すれば、それらの関数f1f2は、ある が存在して

 

を満たす[7]

脚注 編集

出典 編集

  1. ^ #Sharpe p.115.
  2. ^ #Tu p.198.
  3. ^ 中央大学大学院理工学研究科 数学特別講義第三 微分形式の可積分性”. p. 50. 2023年6月27日閲覧。
  4. ^ #小林 p.59.
  5. ^ a b #Sharpe p.115.
  6. ^ a b #Sharpe pp.119-120.
  7. ^ a b c d e #Sharpe p.121-123.

注釈 編集

  1. ^ ダルブー導関数を説明した日本語の文献が見つからなかったので、本項の専門用語はいずれも本項執筆者が暫定的に訳したものである。

参考文献 編集

  • Richard Sharpe (1997/6/12). Differential Geometry: Cartan's Generalization of Klein's Erlangen Program. Graduate Texts in Mathematics. 166. Sprinver. ISBN 978-0387947327 
  • Loring W. Tu (2017/6/15). Differential Geometry: Connections, Curvature, and Characteristic Classes. Graduate Texts in Mathematics. 275. Springer. ISBN 978-3319550824 
  • 小林昭七『接続の微分幾何とゲージ理論』裳華房、1989年5月15日。ISBN 978-4785310585