トーマス・ブレード(Thomas Blade、1975年9月20日 - )は、1990年代から2000年代に掛けて活動した、ドイツ出身のプロレスラー。身長おおよそ176センチメートル、体重おおよそ109キログラム。本名をトーマス・ヴェーバー(Thomas Weber)といい、『ブレード・ビッチ・プロジェクト』(Blade Bytch Project)と『ウィッチブレード』(Witchblade)という代名詞を携え持った。[1]

来歴 編集

ドイツ中西部のキルヒェンという町に生まれ、1993年―17歳の時にプロレスラーの経歴を始動。トレーナーとなったのは、ともにカナダ出身のブレット・ハートオーエン・ハート、およびマーティー・ショーというドイツ出身のプロレスラーであった[1]

2000年の5月にノーザン・アマチュア・レスリング・アライアンス(NAWA)というドイツのプロレス団体の一王座を獲得[2]。更には同年のうちにエイジ・クチナワとの一戦を制し同団体のヘビー級王座を獲得し[3]、それから翌年の半ばに至るまでこの王座に君臨し続けた[2]

2001年から参戦し始めたウエストサイド・エクストリーム・レスリング(wXw)にあっては、さっそくシグマスタ・ラッポと組んだ『ユーロ・スリート』という名のタッグチームで、アーレスダブルC組による『スイス・マネー・ホールディング』を下しタッグ王座を獲得[4]。そして空位となっていたヘビー級王座を獲得するも、おおよそ2ヶ月の保持期間を経てクリス・ザ・バンビキラーとの一戦に敗れ陥落した[5]

のちにこの団体のタッグ王座を2度にわたって獲得[2]。そして2004年、28歳でプロレスラーを引退した[1]

出典 編集

外部 編集