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アン=ナハダ運動(アン=ナハダうんどう、アラビア語: حركة النهضة‎、英語: Ennahda Movement)は、チュニジア政党2013年現在連立政権与党である。日本語メディアでは「アンナハダ」と表記されることが多い。アン=ナハダはアラビア語で「覚醒」「ルネサンス」を意味する。

 チュニジアの政党
アン=ナハダ

حركة النهضة
Mouvement Ennahda
党首 ラーシド・ガンヌーシー
書記長 アリー・ラライエド
創立 1981年、1989年改名
(認可2011年3月1日)
政治的思想 穏健派イスラム主義[1][2][3]
経済的自由主義
イスラム民主主義英語版[4]
政治的立場 右翼より[5]中道右派[4]
公式カラー 濃青色、水色、赤
人民代表議会
69 / 217
公式サイト
http://www.ennahdha.tn/
チュニジアの政治
チュニジアの政党一覧
チュニジアの選挙

目次

概要編集

ムスリム同胞団[6]イラン・イスラム革命[7]に触発されて結成された。 党首であるラーシド・ガンヌーシー英語版は2011年に帰国した[8]。 2011年10月に行われた制憲議会選挙で、217議席中89議席を獲得し第1党となった[9]。選挙後の協議で共和国のための会議(CPR)、エタカトルとの連立政権樹立が決まった。

野党党首暗殺事件後の首相辞任編集

2013年2月に起こった野党民主愛国党党首が暗殺された事件を受けてナフダ幹事長でもあるジバーリー首相は実務型内閣改造を提案していたが、党の反発を受けて断念し、首相と党幹事長を辞任した。後任はアリー・ラライエドに決まった。

2014年人民議会選挙編集

2014年の人民代表議会選挙では、獲得議席数が2011年の制憲議会選挙から20減の69にとどまり第2党となった[10]

沿革編集

  • 1981年 - アンナハダ党設立。
  • 2011年
    • 3月1日 - アンナハダ党正式認可。
    • 10月 - 制憲議会選挙で89議席を獲得。3党連立政権樹立。ジバーリー首相就任。
  • 2013年
    • 2月 - 野党党首暗殺事件を受けて、ジバーリー首相が首相と党幹事長を辞任。後任はアリ・ラライエドに決定。
  • 2014年
    • 10月 - 人民代表議会選挙で69議席獲得。

政治的立場編集

ナフダは一般に、経済的自由主義に温厚な支持を持つ社会的に中道と称されるが、自由主義者はこの点について「ダブルスピーク」の論説だと非難する。[11] 同党は他の党で支配的な強い世俗主義や、アラブ民族主義社会主義の修正を望んでおり、代わりに西洋とのさらなる緊密化や、より強い経済的自由などのその他の観点ではより融和的である。同党は現在、統治の形態がチュニジアに適したものであるように急進的なイスラム主義を拒絶している。世俗主義的な相手との討論でアル・ガンヌーシは「なぜ我々は、他にも我々に近い、トルコやマレーシア、インドネシアのモデルのようなイスラムと近代性を兼ね備えた、成功したイスラムのモデルがあるにもかかわらず、我々の考えから遠いタリバンや、サウジモデルのようなモデルとして、同じ場所に置かれているのか。」と発言した。[12]

チュニジアの現代民主派(Pole Democratique Moderniste)政治的連合のアフマド・イブラーヒームは外国のジャーナリストに「ナフダはテレビでは「ソフト」なようだが、モスクでは完全に違う。彼らの中にはジハードを求める声もある。」と不満をこぼした。[13] アル=アラビーヤのゼネラルマネージャーはナフダは穏健な指導者がいる根本的に保守的なイスラム主義の党だとする論説を書いた。[14] ナフダは穏健な表層と「完全な原理主義への傾倒」によって定義される基礎が混在していると説明される。[15]

同党は女性の権利と男性女性間の市民権の平等の保護を表明したが、チュニジアの制憲議会選挙で地方毎の名簿33冊のうち先頭位置には2人の女性しか配置を決定しなかった。アル・ガンヌーシはベン・アリー政権下では女性は事実上指導者地位につけなかったことと、たった数人の女性だけが指導者の地位に適しているのが「現実」だということに言及した。[16]

同党は世俗主義や社会自由主義が優勢なチュニスのような都市部ではより穏健的である。

脚注編集

  1. ^ Tunisia legalises Islamist group Ennahda. BBC News Online. (1 March 2011). http://www.bbc.co.uk/news/world-africa-12611609 2011年6月24日閲覧。. 
  2. ^ Khalaf, Roula (2011年4月27日). “Tunisian Islamists seek poll majority”. Financial Times. http://www.ft.com/cms/s/0/20208be6-70e1-11e0-9b1d-00144feabdc0.html#axzz1QD6AeB85 2011年6月24日閲覧。 
  3. ^ “Tunisian leader returns from exile”. Al Jazeera. (2011年1月20日). http://english.aljazeera.net/news/africa/2011/01/2011130111220856971.html 2011年6月24日閲覧。 
  4. ^ a b Kaminski, Matthew (2011年10月26日). “On the Campaign Trail With Islamist Democrats”. The Wall Street Journal. http://online.wsj.com/article/SB10001424052970204777904576651361230968584.html?mod=googlenews_wsj 2011年10月26日閲覧。 
  5. ^ "Who are the Tunisian Salafist"Foreign Policy
  6. ^ Lewis, Aidan (25 October 2011). "Profile: Tunisia's Ennahda Party". BBC. Retrieved 28 October 2011.
  7. ^ Wright, Robin, Sacred Rage, Simon and Schuster, (2001), p.194
  8. ^ “チュニジアのイスラム政党指導者が帰国、亡命先から22年ぶり”. (2011年1月31日). http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-19285720110131 2011年1月31日閲覧。 
  9. ^ 立山良司. “中東における政治変動の諸側面と課題”. 日本国際問題研究所. 2012年10月16日閲覧。
  10. ^ “Tunisia: Ghannouchi calls for national unity government”. ASHARQ AL-AWSAT. (2014年10月31日). http://www.aawsat.net/2014/10/article55338091 2014年11月2日閲覧。 
  11. ^ “Tunisian Women Demonstrate to Protect Their Rights”. Fox News. (2011年11月2日). http://www.foxnews.com/world/2011/11/02/tunisian-women-demonstrate-to-protect-their-rights/ 
  12. ^ From Arab Spring to post-Islamist summer thehindu.com 12 October 2011
  13. ^ In a Worried Corner of Tunis Joshua Hammer NYRoB 27 October 2011. Joshua Hammer. (the text is not available for free on internet)
  14. ^ Al Ghannushi, alcohol and the bikini”. Alarabiya.net (2011年7月23日). 2011年10月26日閲覧。
  15. ^ Prince, Rob (2012年2月21日). “Tunisia at a Crossroads”. FPIF. 2012年10月4日閲覧。
  16. ^ Chrisafis, Angelique (2011年10月20日). “Tunisia's women fear veil over Islamist intentions in first vote of Arab spring”. The Guardian (London). http://www.guardian.co.uk/world/2011/oct/20/tunisia-elections-women-grow-anxious?newsfeed=true 2011年10月22日閲覧。 

関連項目編集