バシビウス
バシビウス (Bathybius)またはバチビウスとは、イギリスの科学者トマス・ヘンリー・ハクスリーが、大西洋の3700mの深海から採取したというアメーバに似た架空の原始生物[1]。
1857年、ハクスリーは海底の泥から原始生物を発見し、これこそ生命の原始的な姿であると唱え、「バシビウス・ヘッケリ」 (Bathybius haeckelii) という学名まで与えた[2]。しかし、その後の調査により、これはただの化学変化で生じた物質であることが判明し、ハクスリーも自らの過ちを認め、この説を撤回した。海洋生物史上有名な話である[3]。
性質
編集ハクスリーのバシビウス観察は次のようなものである。「ドレッジャーでとった泥の上には、ねばねばしたものが、たくさんついていた。この泥を弱いアルコールを含んでいるぶどう酒に混ぜて振ってみると、膠のような小さい塊が、凝固し分離してきた。この塊の一部分をとり、一滴の海水中に入れて、顕微鏡でしばらくのぞいていると、卵白に似た不規則の網状の形が現れてきた。やがてこれははっきりした輪郭をもち、周囲の水とは明瞭に区別できるようになった。これこそ生命の原始的な形であることは、もはや疑うことはない。」[4]
正体解明
編集1875年、チャレンジャー号の調査員たちは、バシビウスが生物でないことを確認した[5]。つまり、海水にアルコールを添加したため、硫酸カルシウムの沈殿が生じ、これに砂や泥が混じって、乳白色のにかわ状の塊が形成されたに過ぎず、実験室で容易に再現できることを示した[6]。当時のチャレンジャー号の調査探検に対する科学者の関心は、海底にはまだ古代の生命が生きていて、生命の起源について何かしらの手がかりが見つかるのではないか、というものだった[7]。しかし海底から実際に採取された深海生物は、バシビウスの類でもなく、必ずしも珍奇な形をした動物でもなく、多くは沿岸の浅瀬にも見られるものであった[8]。 チャールズ・ワイヴィル・トムソンから手紙を受け取ったハクスリーはネイチャー誌に投稿し発見報告を撤回した[9]。
関連書籍
編集- 『チャレンジャー号探検』西村 三郎 (著) 中公新書 (1992/10) ISBN 4121011015
脚注
編集参考文献
編集- 石川千代松『進化論的動物学綱要』弘道館、1908年、14頁。doi:10.11501/832709。 NCID BN14526747。OCLC 673284385。NDLJP:832709 。2024年1月28日閲覧。
- 相川広秋『プランクトン』小山書店、1944年、53頁。doi:10.11501/1064123。 NCID BN0415433X。OCLC 673919667。NDLJP:1064123 。2024年1月28日閲覧。
- 荒井康夫「カルシウム化合物の繊維状化」『石膏と石灰』第229号、無機マテリアル学会 、1990年、446-457頁、CRID 1390001205389326848、doi:10.11451/mukimate1953.1990.446、ISSN 0559331X、NAID 130004011429、NCID AN0013112X、OCLC 5171292196、国立国会図書館書誌ID:3692890、2024年1月28日閲覧。
- 三中信宏「細胞円石藻類のDNA分子系統学的解析」『農環研ニュース』第28号、農林水産省 農業環境技術研究所、1995年、2-6頁、CRID 1390575805130894080、doi:10.24514/00008055、ISSN 09102019、OCLC 852214030、NDLJP:8415529、2024年1月28日閲覧。
- 佐藤恵子「出版に至る経緯とヘッケルの一元論的世界観について」『生物学史研究』第95巻第0号、日本科学史学会生物学史分科会、2017年、5-12頁、CRID 1390001288143168640、doi:10.24708/seibutsugakushi.95.0_5、ISSN 03869539、NAID 130007659390、NCID AN00129445、OCLC 7094162475、国立国会図書館書誌ID:028360934、2024年1月28日閲覧。
- 瀧澤美奈子『150年前の科学誌『NATURE』には何が書かれていたのか』ベレ出版、2019年、132頁。ISBN 9784860645755。 NCID BB28570888。OCLC 1114855415。国立国会図書館書誌ID:029765713 。2024年1月28日閲覧。