バチカン宮殿(バチカンきゅうでん、Palazzi Apostolici, Palazzi Vaticaniとも)は、バチカン市国内のサン・ピエトロ大聖堂に隣接するローマ教皇の住居である。

教皇宮殿
Apostolic Palace 2014.jpg
広場からの眺め
バチカン宮殿の位置(バチカン内)
バチカン宮殿
バチカン内での位置
別名
  • Palace of Sixtus V
  • Palace of the Vatican
  • Papal Palace
概要
用途 教皇の宮殿
バチカン
座標 北緯41度54分13秒 東経012度27分23秒 / 北緯41.90361度 東経12.45639度 / 41.90361; 12.45639座標: 北緯41度54分13秒 東経012度27分23秒 / 北緯41.90361度 東経12.45639度 / 41.90361; 12.45639
着工 1589[1]
所有者 教皇
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サン・ピエトロ広場から眺めたバチカン宮殿

概要編集

当初、バチカンには、サン・ピエトロ大聖堂に隣接して修道院巡礼者の宿泊施設、教皇の休憩用の邸宅程度しかなかった。アヴィニョン捕囚以前の教皇の住居はラテラノ宮殿に置かれていた(サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂の項目を参照)。

カール大帝オットー2世がバチカン宮殿に滞在していることから、その当時には一定の規模になっていたと考えられる。また、教皇インノケンティウス3世1198年 - 1216年)やボニファティウス8世1235年 - 1303年)などが増築を行っている。

アヴィニョン捕囚の後、バチカン宮殿は教皇の住居になった(当時の教皇ニコラウス5世1455年 - 1458年)による建物が現存しているという)。1583年クイリナーレ宮殿が竣工すると、バチカン宮殿は教皇の住居の座をクイリナーレ宮殿に譲るが、それ以降も度々増築され、図書館、システィーナ礼拝堂、博物館施設などが建てられた。博物館を一般に公開するようになるのは18世紀中期以降で、展示内容・施設は徐々に充実されていった。

イタリア統一運動(リソルジメント)を背景とした1870年教皇領消滅によって、翌1871年より、教皇は再びバチカン宮殿に住居を移した。

バチカン博物館(Musei Vaticani、バチカン美術館とも)として、ラファエロが天井画・壁画を描いた「署名の間」(ラファエロの間)や、ルネサンスバロック期の作品を集めた絵画館、古代ギリシャ・ローマの美術コレクションを集めたピオ・クレメンテ美術館などが公開されている。

 
バチカン宮殿

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの設計した大階段でサン・ピエトロ大聖堂とつながっている。ラファエロ・サンティとその弟子らによるフレスコ画のある4つの部屋からなるラファエロの間で有名。ラファエロ自身の代表作である『アテナイの学堂』もラファエロの間第2室にある。また、フラ・アンジェリコの壁画で飾られたニコラウス5世礼拝堂も有名である。教皇は、バチカン宮殿滞在中の毎週日曜には執務室から姿をあらわし、サン・ピエトロ広場に集まる信者とともに祈りをささげ、祝福を与えている。

現在編集

 
バチカン宮殿の窓から姿をあらわす教皇ベネディクト

現在、教皇の住居になっているのは、16世紀シクストゥス5世による建物、また、教皇が謁見を行う広間は20世紀に建てられたものである。これらはもちろん非公開であるが、多くの部屋は謁見に供されることから、中の様子は比較的知られている。「謁見の間」にはペリクレ・ファッツィーニが製作した彫刻「キリストの復活」があり、その製作にはファッツィーニの助手の杭谷一東も参加した。

なお2013年に就任したフランシスコはサン・ピエトロ大聖堂に隣接する建築物であり、イタリア語からカーサ・サンタ・マルタとも呼ばれる、教皇ヨハネ・パウロ2世在位中の1996年に完成し、ベタニアのマルタにちなんで命名された、建物は現在、聖座とともに働く聖職者のための宿泊施設として機能し、新教皇を選出するコンクラーヴェの際には枢機卿団の宿泊所として使われる、サン・マルタ館に居住しており、当宮殿は外国首脳との謁見といった公務用途のみで利用している。

その他編集

世界遺産登録編集

  バチカン市国
バチカン
 
サン・ピエトロ広場
英名 Vatican City
仏名 Cité du Vatican
登録区分 文化遺産
登録基準 (1),(2),(4),(6)
登録年 1984年
公式サイト [世界遺産センター](英語)
使用方法表示

1984年、バチカン市国は世界遺産に登録され、したがってバチカン宮殿も世界遺産となった。 この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
  • (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
  • (6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。

バチカン市国内での位置編集

 
図内での位置は、サン・ピエトロ広場とバチカン美術館に挟まれた、小豆色の部分である。

バチカン市国内での位置は、サン・ピエトロ大聖堂の北、バチカン美術館の南の、バチカンの中枢ぶにあり、システィーナ礼拝堂の付近である。

また、詳しくは冒頭に記載した地図を参照のこと。

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ The lives of the modern painters, sculptors and architects – Giovanni Pietro Bellori

関連項目編集

 
大聖堂内部

外部リンク編集