フランツ・クサーヴァー・シュヴァルツ

ドイツの軍人、政治家

フランツ・クサーヴァー・シュヴァルツFranz Xaver Schwarz1875年11月27日 - 1947年12月2日)は、ドイツ軍人政治家国家社会主義ドイツ労働者党財政全国指導者。同党の古参党員として党財政に大きな役割を果たした。陸軍の最終階級は中尉。また親衛隊名誉指導者でもあり、親衛隊での最終階級は親衛隊上級大将

フランツ・クサーヴァー・シュヴァルツ
Franz Xaver Schwarz
Franz Xaver Schwarz.jpg
生年月日 1875年11月27日
出生地 ドイツの旗 ドイツ帝国
バイエルン王国の旗 バイエルン王国 ギュンツブルク
没年月日 (1947-12-02) 1947年12月2日(72歳没)
死没地 Merchant flag of Germany (1946–1949).svg ドイツ
Flag of Bavaria (striped).svg バイエルン州 レーゲンスブルク
前職 軍人(陸軍中尉)
所属政党 Reichsadler.svg 国家社会主義ドイツ労働者党
称号 戦功十字章突撃隊大将親衛隊名誉上級大将
配偶者 ベルタ・ブリューワー

在任期間 1933年6月2日 - 1945年5月8日
党指導者 アドルフ・ヒトラー

当選回数 4回
在任期間 1925年3月21日 - 1945年5月8日
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フランツ・クサーヴァー・シュヴァルツ
Franz Xaver Schwarz
所属国 Flag of Germany (1867–1918).svg ドイツ帝国
Flag of Germany (1935–1945).svg ドイツ国
所属組織 War Ensign of Germany (1903-1918).svg ドイツ帝国陸軍
Flag of the Schutzstaffel.svg 親衛隊
軍歴 1898年 - 1919年
1933年 - 1945年
最終階級 DR Oberleutnant v 1918.png 陸軍中尉
SS-Oberst-Gruppenführer collar.svg 親衛隊上級大将
除隊後 政治家
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来歴編集

生い立ち編集

1875年バイエルン王国ギュンツブルクのパン屋に8人兄弟の第7子として生まれる。職業訓練学校で高校レベルの教育を受け、1895年にバイエルン陸軍歩兵連隊に入隊。1899年軍曹で除隊し、8月26日にベルタ・ブリューワーと結婚する。

1900年から1925年にかけてミュンヘン市議会で勤務し、ギュンツブルク地方裁判所の勤務を経て公証人として働く[1]第一次世界大戦では歩兵少尉として従軍するが、深刻な胃痛により軍務を遂行出来ないと判断され、1916年初頭に中尉で退役し、戦後は民族主義団体ドイツ民族防衛同盟ドイツ語版及び郷土軍ドイツ語版に加入する[1]

ナチ党入党編集

 
1930年12月、褐色館改修完了を祝うヒトラー、シュヴァルツ(中央背広の人物)らナチ党員

1922年国家社会主義ドイツ労働者党に入党し、1923年のミュンヘン一揆にも参加した[2]。ナチ党が活動を禁止された後は、1924年に結成されたナチ党の偽装政党大ドイツ民族共同体に参加し、会計係を務める[3]

1925年2月27日、ナチ党の再結成に参加(党員番号6)し、財政全国指導者に任命され、党出納局に配属される[2][4]。これ以降、シュヴァルツはナチス・ドイツ崩壊までの20年間に渡り党財政の管理を担当した[5]。また、アドルフ・ヒトラーの『我が闘争』出版のための資金集めにも尽力した他、1930年4月から5月にかけて、新しい党本部を探し、褐色館の購入交渉を担当した[2]

1931年12月18日、突撃隊中将に任命され、1932年6月13日には親衛隊に入隊した(隊員番号38,500)[6]1933年3月ドイツ国会選挙フランケン地方から出馬して国会議員となり[7]、7月1日に親衛隊大将となる[4]。また、10月からはドイツ法律アカデミーのメンバーとなり、1944年まで務めた。11月9日には突撃隊大将に昇進した[3]

党財政の責任者編集

 
1936年9月、ニュルンベルク党大会でゲッベルスやゲーリングと話し込むシュヴァルツ(両者の間にいるメガネをかけた人物)

1938年5月2日、ヒトラーは党金庫を開ける際にはシュヴァルツの同意が必要とする旨を指示した。シュヴァルツは党財政の他に党員番号の管理も担当し、党員番号を通し番号制に改革した。これにより党員が死亡・離党した際には古い党員番号は欠番となり、党員番号は1945年には850万代まで肥大していった。シュヴァルツは党財政の強化に努め、1945年までの間に約10億ライヒスマルクの資産を集めた。ヒトラーは1935年11月27日のシュヴァルツ60歳の誕生日に出席し、彼の党財政に果たした役割を評価した。

一方、シュヴァルツは党内の政治闘争には関わらず、資金管理などの党活動のサポートに専念した。ヨーゼフ・ゲッベルスはシュヴァルツについて、1926年4月9日の日記の中で「必要のない男だ」と書いたが、1944年11月には「最も信用の出来る男であり、立派な党員だ」と書いている。

1942年4月20日には親衛隊上級大将に昇進。この階級はシュヴァルツを含めて4人にしか授与されていない(他の3人はヨーゼフ・ディートリヒパウル・ハウサークルト・ダリューゲ[7]。1944年6月5日、連合国によるミュンヘン空爆の際の行動を評価され、戦功十字章を授与される。第二次世界大戦末期には国民突撃隊の大隊指揮官を務めた。

死去編集

ドイツ敗戦後はアメリカ軍によって逮捕され、他の党幹部や軍幹部と共にモンドルフ=レ=バン英語版アシュカン収容所に収容された。アメリカ軍はナチ党の資金の行方を聞き出すため、シュヴァルツを8月にレーゲンスブルク近郊の収容所に移して尋問を開始するが、党の会計帳簿やシュヴァルツの日記は空襲で褐色館と共に焼失していたため、アメリカ軍はナチ党の資金の行方をつかむことは出来なかった。

シュヴァルツは1947年12月2日に第一次大戦以来患っていた胃痛が原因で死去し、死後の1948年9月に、ミュンヘンの非ナチ化裁判で戦争犯罪者に指定された[7]

参考文献編集

  • Charles Hamilton著『LEADERS & PERSONALITIES OF THE THIRD REICH VOLUME1』(R James Bender Publishing)340ページ。ISBN 9780912138275
  • Biondi, Robert (2000). SS Officers List: SS-Standartenführer to SS-Oberstgruppenführer (As of 30 January 1942). Schiffer Military History Publishing. ISBN 978-0764310614 
  • Hallgarten, George W. F. (1952). "Adolf Hitler and German Heavy Industry, 1931-1933", The Journal of Economic History.
  • Hamilton, Charles (1984). Leaders & Personalities of the Third Reich, Vol. 1. R. James Bender Publishing. ISBN 0-912138-27-0 
  • Orlow, Dietrich (1973). The History of the Nazi Party: 1933-1945. University of Pittsburgh Press.
  • Weinberg, Gerhard L. (1955). "Hitler's Private Testament of May 2, 1938", The Journal of Modern History.
  • Der BibISBN-Eintrag de:Vorlage:BibISBN/3770052544 ist nicht vorhanden. Bitte prüfe die ISBN und lege ggf. einen neuen Eintrag an.
  • Armin NolzenSchwarz, Franz Xaver. In: Neue Deutsche Biographie (NDB). Band 24, Duncker & Humblot, Berlin 2010, ISBN 978-3-428-11205-0, S. 3–5 (電子テキスト版).

脚注編集

  1. ^ a b Franz Schwarz”. http://spartacus-educational.com. Spartacus Educational. 2014年10月25日閲覧。
  2. ^ a b c Hamilton 1984, p. 340.
  3. ^ a b Hubert Beckers: Franz Xaver Schwarz (1875–1947).
  4. ^ a b Biondi 2000, p. 7.
  5. ^ Robert Wistrich: Wer war wer im Dritten Reich, München 1983, S. 248.
  6. ^ SS-Personalamt: Dienstaltersliste der Schutzstaffel der NSDAP, Stand vom 1. Dezember 1937, lfd. Nr. 2 Obergruppenführer
  7. ^ a b c Hamilton 1984, p. 341.