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ブランシュ・ド・ヴァロワ:Blanche de Valois, 1316年頃 - 1348年8月1日)は、ローマ皇帝およびボヘミアカール4世の最初の妃。ドイツ名およびチェコ名はブランカ(Blanca, Blanka)。ヴァロワ家の祖ヴァロワ伯シャルルと3番目の妻マオー・ド・シャティヨンの娘で、フランスフィリップ6世の異母妹。

ブランシュ・ド・ヴァロワ
Blanche de Valois
ローマ王妃
ボヘミア王妃
Karl IV Blanca Valois.jpg
ブランシュ・ド・ヴァロワとカール4世

出生 1316年
死去 1348年8月1日
プラハ
埋葬  
聖ヴィート大聖堂
配偶者 ローマ皇帝ボヘミアカール4世
子女 マルガレーテ
カタリーナ
父親 ヴァロワ伯シャルル
母親 マオー・ド・シャティヨン
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生涯編集

1329年、当時パリの宮廷で養育されていたカール4世と結婚した。夫カールは1331年以降イタリア経略を父ヨハンより任され[1]、しばらく別居状態が続いた[2]1334年、カールはプラハに帰還し、当時ルクセンブルクにいたブランシュをプラハに呼び寄せた[2]。2人の間には2女が生まれた。

カールは1346年にドイツ対立王となり、引き続き同年にボヘミア王位を継承、さらに翌1347年には単独のローマ王となった[3]。ブランシュは1348年に死去した。

脚注編集

  1. ^ 鈴本、p. 43
  2. ^ a b 鈴本、p. 44
  3. ^ 鈴本、p. 53 - 54

参考文献編集

  • 鈴本達哉 『ルクセンブルク家の皇帝たち』 近代文芸社、1997年