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ブレンナー線ドイツ語: Brennerbahnイタリア語: Ferrovia del Brennero)は、オーストリア共和国チロル州インスブルックインスブルック中央駅からブレンナー峠を経てイタリア共和国ヴェネト州ヴェローナヴェローナ・ポルタ・ヌオーヴァ駅に至る鉄道路線である。欧州横断ネットワークドイツ語版(TEN-T)の1号線(ベルリン - ミュンヘン - ローマ - パレルモ)の一部を構成する[1]

ブレンナー線
Brennerbahn.png
基本情報
 オーストリア
イタリアの旗 イタリア
起点 インスブルック
終点 ヴェローナ
開業 1859年
所有者 オーストリア連邦鉄道
RFI
路線諸元
路線距離 275.4 km
軌間 1,435 mm (標準軌)
線路数 複線
電化方式 交流 15 kV 16.7 Hz(オーストリア)
直流 3,000 V(イタリア)
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オーストリア側のインスブルック中央駅
ブレンナー峠を越える貨物列車

目次

沿線概況編集

最大勾配は31‰、最小半径は264mである。最高地点は標高1,371mのブレンナー峠であり、オーストリア連邦鉄道イタリア鉄道の境界であると同時に電化方式もオーストリア側は交流 15 kV 16.7 Hz、イタリア側は直流 3,000 Vと異なっている。

列車はインスブルック中央駅を出発すると、すぐアールベルク線との分岐点を経て南の方へ向かう。この路線はベルクイゼル丘をトンネルで貫通し、ジルス峡谷に並行してヴィプタールに至る。列車はウンターベルク駅とパツシュ駅を通過し、シュタイナッハ駅に到着する。聖ヨードク村でこの路線は湾曲部で高地に到達し、列車はシュミルン谷及びファルゼル谷を通過する後、山の上り坂に走行する。次の乗降場はグリース駅であり、この路線は突き出る岩壁の底を経てブレンナー湖旧駅へ続く。

境界駅のブレンネロ駅 (ブレンナー駅) には両電流システムの分離地点と建設総監督のカール・エツェル (Karl von Etzell, 1812~1865) の彫像がある。

ブランネロ温泉旧駅で、1999年新たに完工されたフレレストンネルの方向の新線は旧線と分岐する。列車はゴッセンザース駅からヴィピテノー=ヴァル・ディ・ヴィッツェ駅を経てフォルテッツァ駅に到着して、その駅でプステリア谷線が分岐する。次には急な勾配のフォルテッツァ - ブレッサノーネ区間が続く。列車はその以後イザルコ川を沿ってボルツァーノ駅まで走行し、その区間に別の急勾配はない。ポンテ・ガルデナ=ライオン - ボルツァーノ区間には1990年代から二つの長いトンネルが建設されている。

ボルツァーノ駅以南に列車はアディジェ川流域の広い平面に入って、その川を二度渡る。メッツォコローナ駅の南にメッツァーナ方面の狭軌線がこの路線の上に交差し、トレント駅までこの路線に並行する。列車は続いて1990年代に建設されたセライノトンネルを通じてヴェローナ峠を遠回りする。ヴェローナ・ポルタ・ヌオヴァ駅の直前にミラノ - ヴェネツィア線が聖マッシモ分岐点でこの路線に合流し、その駅でミラノ及びボローニャ方面の列車が停車する。

歴史編集

オーストリア=ハンガリー帝国時代の19世紀半ばにチロル地方と北イタリアのロンバルド=ヴェネト王国を結ぶ鉄道路線として計画されたのが始まりである。最初に建設されたのはヴェローナ - ボルツァーノ(ボーツェン)間であり、1859年に開通した。この区間は南北チロル鉄道(ドイツ語: Nord- und SüdTiroler Staatsbahn)によって建設されたが、1859年初頭にオーストリア南部鉄道ドイツ語版に移管された。

第3次イタリア独立戦争によるヴェネト州の喪失と国境線の移動にもかかわらず、ボルツァーノ - インスブルック間は未開通であった。インスブルック - ボルツァーノ間127kmはわずか3年で建設され、1867年8月24日に開業した。ゼメリング鉄道に続いてオーストリア=ハンガリー帝国第二の山岳路線になるとともに、アルプス山脈を縦断する初めての路線となった。

第一次世界大戦後の1919年にサン=ジェルマン条約によりイタリアはトレンティーノ=アルト・アディジェ州を獲得し、国境線はブレンネロ(ブレンナー)峠に移動した。トレント - ブレンネロ間は1929年から1934年にかけて交流 16.7 Hz 3,700 Vで電化されたが、1965年5月30日には直流 3,000 Vに切り替えられた。

1994年にはクフシュタイン - インスブルック線に接続する形でインスブルック短絡線ドイツ語版が開通した。イタリア側でも複数の区間で新線に切り替えられた。

今後編集

ブレンナー峠を経由する貨物列車の増加に伴い線路容量が不足していること、さらに急勾配・急曲線の存在、電化方式の違いによるブレンナー駅での機関車の付け替えなどなら両国間の移動における表定速度は低い状態にある。これらの事情からフォルテッツァとインスブルックを結ぶ全長55kmのブレンナーベーストンネルの建設工事が行われている[2]

参考文献編集

  • Elisabeth Baumgartner: Eisenbahnlandschaft Alt-Tirol. Verkehrsgeschichte zwischen Kufstein und Ala im Spannungsfeld von Tourismus, Politik und Kultur. Haymon-Verlag, Innsbruck 1990, ISBN 3-85218-065-1. (ドイツ語)
  • Laura Facchinelli: Die Eisenbahn Verona–Brenner. Geschichte einer bedeutenden Verkehrslinie. Athesia, Bozen 1995, ISBN 88-7014-856-4.
  • Angela Jursitzka, Helmut Pawelka: Carl von Etzel. Ein Leben für die Eisenbahn, Tyrolia-Verlag, Innsbruck, Wien, 2017, ISBN 978-3-7022-3598-7. (ドイツ語)
  • Helmut K. Mißbach: Eisenbahnen in Tirol. Vorgeschichte – Bahnbau – Betrieb. Motorbuch Verlag, Stuttgart 1979, ISBN 3-87943-640-1, S. 27–55. (ドイツ語)

脚注編集

  1. ^ TRANS-EUROPEAN TRANSPORT NETWORK
  2. ^ The Brenner Base Tunnel”. Amministrazione trasparente Galleria di Base del Brennero - Brenner Basistunnel BBT SE. 2017年7月4日閲覧。

関連項目編集