ヘンリエッテ・ボスマンス

ヘンリエッテ・ボスマンスHenriëtte Bosmans1895年12月6日 - 1952年7月2日)は、オランダ作曲家

ヘンリエッテ・ボスマンス

アムステルダム出身。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団チェロ奏者の父と、ピアニストアムステルダム音楽院の教師の母との間に生まれた。母親にピアノを習い、17歳のときにピアノ教師となった。1920年代にはヨーロッパ各地で演奏活動を行い、ピエール・モントゥーウィレム・メンゲルベルクエルネスト・アンセルメなどと共演した。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団とは1922年から1949年までの間に22のピアノ協奏曲を演奏している[1]

さらに1914年からピアノ曲の作曲を始め、1919年にはヴァイオリン・ソナタを作曲している。1921年から1922年にかけてコルネリウス・ドッパー管弦楽曲の作曲を学び、1927年から1930年にかけてはウィレム・ペイペルについて学んた。作品にはピアノ協奏曲チェロ協奏曲、6つの序曲歌曲などがある。

脚注 編集

  1. ^ Helen Metzelaar, "Hentriëtte Hilda Bosmans", Grove Music Online ed. L. Macy