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ペルセ岩Rocher Percé)は、切り立った崖と壮大な天然橋を持つ岩だらけの無人島である。島は、カナダガスペ半島の東端、セント・ローレンス湾にあり、ケベック州の村ペルセと向かい合っている。沖合に浮かぶボナヴァンテュール島とともに、ペルセ岩は、Sépaq(ケベック州政府の自然公園管理部門)が管理を行うイル・ボナヴァンテュール・エ・デュ・ロシェ・ペルセ国立公園の一部となっている。

Rocher Percé

QC Gaspesie RocherPerce tango7174.jpg

所在地 カナダケベック州ガスペジー・マドレーヌ諸島地域
座標 北緯48度31分26秒 西経64度11分58秒 / 北緯48.52389度 西経64.19944度 / 48.52389; -64.19944座標: 北緯48度31分26秒 西経64度11分58秒 / 北緯48.52389度 西経64.19944度 / 48.52389; -64.19944
最高標高 88 m
Project.svgプロジェクト 地形
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ペルセ岩はガスペ半島最大のシンボルとみなされている[1]

地理編集

島は3億7500万年前に生じた石灰岩の海食柱で、長さ433m、幅90m、標高最高地点88mである。岩の重量は500万トンと推測される。天然橋そのものは15mの高さがある。ペルセ岩は、干潮時に現れるトンボロによって本土とつながっている。その台地の上に植物の薄い植生をもち、島は海鳥の避難所として機能し、オオハシウミガラスウミガラスハジロウミバトミツユビカモメカワウミミヒメウセグロカモメオオカモメ、クロワカモメが集まる。

歴史編集

 
2つの天然橋を持つペルセ岩。1760年に画家ハーヴェイ・スミスが描いた絵画

かつて、ペルセ岩は大陸とつながっていた。16世紀初め、フランスの初期の航海者ジャック・カルティエはこの地に到着し、岩層に3つの天然橋があることに気が付いた。長い時間の間に、これらのうち2つの天然橋が姿を消した。2つめの天然橋の崩壊は1845年6月17日に発生し、柱は岩から離れ、オベリスクと呼ばれるようになった[2][3]。現在残る天然橋は約400年後に姿を消すと推定されている。

20世紀初頭から、旅行者たちがガスペ、ペルセ、ボナヴァンテュール島を訪れるようになった。

伝説編集

ブランシュ・ド・ボーモンは、ペルセ岩にたつというケベックの伝説的な女性である。ノルマンディー生まれの美しいブランシュ・ド・ボーモンは、16歳の時に熱愛する騎士レーモン・ド・ネラックと婚約した。騎士はイロコイ族と戦うためブランシュを残してヌーベル・フランスへ旅立った。ブランシュは騎士を追いかけてヌーベル・フランスへ向かった。しかし、ブランシュの乗った船は海賊に攻撃され、海賊の船長は捕えたブランシュと結婚することにした。彼女は運命を受け入れるふりをしたが、結婚式の日、乗組員たちの目の前で水中に飛び込み、海の中に姿を消した。

次の夜、海賊船は濃い霧に巻き込まれた。海賊船が霧から脱すると、巨大な岩と対峙していることに気づいた。恐れおののく乗組員たちは、岩の頂上にヴェールをかぶった人物がいるのを見た。彼らはそれがブランシュだと気づいた。これが海賊への呪いの始まりであり、海賊船は岩に変えられた。

騎士ネラックはイロコイ族に殺害された。

伝説によれば、ペルセ岩に霧が出ると、騎士ネラックを探すブランシュの姿を垣間見るという。

文学編集

アンドレ・ブルトンは、『秘法十七番』において、彼を魅了したガスペ半島とペルセ岩を呼び起こしている。1946年、詩人イヴァン・ゴル(fr:Yvan Goll)はペルセ岩に触発された詩、Le Mythe de la Roche percéeを書いている[4]

ギャラリー編集

参照編集

  1. ^ Catherine Saguès, Nathalie De Grandmont, Le Québec par l'autre bout de la lorgnette, Les Presses de l'Université Laval, 1997, p. 273, 2763775004, [1]
  2. ^ Perce, the City
  3. ^ quebecmaritime.ca
  4. ^ Yvan Goll, Le Mythe de la Roche percée, Paris, Hémisphères,‎ 1950 [2e éd.] (1re éd. 1947), [[In-quarto|in-4Template:O]], 29 p. (notice BnF no FRBNFb41650937h)