ペレヤスラヴリ公

ペレヤスラヴリ公ウクライナ語: Переяславські князі)とは、ペレヤスラヴリ公国の君主の称号である(「公」は「クニャージ」からの訳出による)。

留意事項

  • 本頁の人名・地名は現地の言語の音写よりも、日本語表記として一般的と思われるものを優先して表記している。
  • 各人物は、文献によっては「~世」・「~公」等の数えや通称の併記、あるいは洗礼名での表記などにより、異なる表記がなされている可能性がある。
  • 各人物は、他の称号の元で異なる数えがなされる可能性がある。(例:ウラジーミル・フセヴォロドヴィチはペレヤスラヴリ公としては1人目のウラジーミルであるが、キエフ大公としては「ウラジーミル2世」となる。)

各人物の詳細は各頁を参照。

ペレヤスラヴリ公の一覧編集

  • オレグ(? - 1321年死去[注 2]。)

脚注編集

注釈

  1. ^ 1215年ポロヴェツ族の捕虜となった[1]
  2. ^ オレグという人物に関しては、イルピニ川の戦いで死亡したという記録がある。

出典

  1. ^ Соловьёв С. М. История России с дневнейших времён

関連項目編集