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ボブ・オファレル(Robert Arthur "Bob" O'Farrell、 1896年10月19日 - 1988年2月20日)は、アメリカ合衆国イリノイ州ウォキーガン出身のプロ野球選手捕手)。右投げ右打ち。

ボブ・オファレル
Bob O'Farrell
1918 Bob O'Farrell.jpeg
1918年
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 イリノイ州ウォキーガン
生年月日 1896年10月19日
没年月日 (1988-02-20) 1988年2月20日(91歳没)
身長
体重
5' 9.5" =約176.5 cm
180 lb =約81.6 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
初出場 1915年9月5日
最終出場 1935年9月23日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

1926年のナショナルリーグ最優秀選手で、同年セントルイス・カージナルスをワールドシリーズ制覇に導いた。捕手として現役21年間で1338試合に出場している。

経歴編集

1915年にシカゴ・カブスに入団したが、1917年までは主にマイナーリーグ暮らしだった。カブスがリーグ優勝した1918年には52試合に出場、この年ワールドシリーズにも出場したが3打数ノーヒットに終わった。カブスの正捕手のポジションについたのは1920年シーズンからで、1922年と1923年にはそれぞれ捕手としての出場試合数がリーグ最多となった。両年は打撃面でも打率3割以上を記録している。

1925年5月にトレードでセントルイス・カージナルスに移籍し、翌1926年に捕手のポジションながら147試合とほぼフル出場してピート・アレクサンダーらカージナルスの投手陣を牽引し、チームをワールドシリーズ制覇に導き、この年の最優秀選手に選ばれた。同シリーズでは自らも打率.304、2打点を挙げる活躍をし、第7戦の最終回に盗塁を試みたベーブ・ルースを刺してカージナルスの優勝を決めている。翌1927年にはロジャース・ホーンスビーの後釜としてカージナルスを率い、リーグ2位の戦績を納めた。

その後1928年から1932年までジャイアンツに在籍、以後はチームを転々とし1935年に選手を引退した。1988年にイリノイ州で死去。

詳細情報編集

打撃成績編集

※数字の後の"*"は、記録不明箇所があることを示す。

































O
P
S
1492 4101 1120 201 58 51 517 549 35 408 547 11 83 .273 .360 .388 .748

獲得タイトル・記録編集

監督としての戦績編集

※順位は年度最終順位



















1927 STL NL 153 92 61 .601 2位
1934 CIN 91 30 60 .333 8位 開幕~7月26日
通 算 244 122 121 .502

関連項目編集

外部リンク編集