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ミュンヘン再保険

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ミュンヘンの本社

ミュンヘン再保険ミューニックリー: Münchener Rückversicherungs-Gesellschaft: Munich Reinsurance Company、Munich Re)は、ドイツミュンヘン本拠を置く[1]再保険を中心とした保険サービス企業。損害再保険・生命再保険を中心とする。傘下のエルゴは元受保険やアセットマネジメントも取り扱う。フランクフルト証券取引所FWBMUV2)に上場している。

目次

歴史編集

1880年エアフルト生まれの銀行家であったCarl von Thieme によって設立された[2]1890年、カールをふくむ監査役会のメンバーはドイツ保険最大手のアリアンツを創業した。 1906年サンフランシスコ地震の際、ミュンヘン再保険はすべての保険金請求に支払いを行った唯一の企業となった[2]第一次世界大戦で敗北したことにより、開戦前との比較で資産を2/3へ減じた。1921年までカールがミュンヘン再保険の会長を務め、ヴィルヘルム・キスカルトがその跡を継いだ。一方、1924年までヴィルヘルム・フィンクがミュンヘン再保険監査役会議長を務めた。フィンクはメルク・フィンク商会(現バークレイズ)の創設者である。1930年代、ミュンヘン再保険は生命保険の危険割合をマニュアル化した。

第二次世界大戦時は連合国市場を喪失した。エベルハルト・ライニングハウスが占領軍を受け入れながらミュンヘン再保険を再構築した。彼はフェニックス・スキャンダルの中心人物であった。1889年オーストリアのユダヤ系企業として生まれたフェニックス生命保険は、皇室を顧客にもち、相対的安定期に営業圏を23カ国とする多国籍企業となった。ベルリンの経営者は世界恐慌による損失を賄賂により隠していたが、1936年の情報統制は苛烈を極め関係者を自殺させるほどであった。5月11日にアメリカのタイム誌が一連のスキャンダルを報じ、オーストリア政界にカール・ブレシュ元首相の突然死をふくむ激震と保険監督法の強化をもたらした。

1950年からはアーロイス・アルツハイマーがミュンヘン再保険のリーダーとなった。また、1954年からは後述のホルスト・ヤンノットが見習い弁護士として入社したが、最終的にカールに次いでCEOを長く務めた。

1977年、ドイツの秋が保険・金融業界の活動を鈍らせ、ミュンヘン再保険も初めて損失を計上した(1500万マルク)。

現在編集

ミュンヘン再保険は1996年にAmerican Re を買収した。この頃アリアンツが機関化された。それまでミュンヘン再保険とアリアンツは株式を持ち合う関係であった。しかし画期は訪れ、ドイツ再統一後に欧州の資本市場が統合されていった。国際会計規則も統一されていったので、監査役を派遣しなくても外国の機関投資家はドイツ企業の財務状態を知ることができるようになった。慢性的なマルク高でアリアンツはじめドイツ企業は次々と機関化された。ミュンヘン再保険は従来のアリアンツから再保険を独占的に受注していたが、いよいよ価格競争にさらされることとなった。

エルゴ(ERGO Group)が2001年からグループ企業となり、アリアンツに次ぐ第2位の正味保険料を計上している。エルゴの前身はヴィクトリア・コンツェルンである。元会長にエドガー・ヤンノットがいた。ミュンヘン再保険は1997年にエルゴの主要株主となっていた。エドガーは1999年までエルゴ会長を務めて、これをグループとする準備をなした。エドガーの兄ホルスト・ヤンノットは1969年から1993年までマックス・プランク研究所の評議員であった[3][4]。また、ホルストは国立労働銀行の重役でもあった[5][6]

2002年のミュンヘン再保険の年次報告書の中で、世界の大都市の災害リスク指数を公表し、東京横浜を世界の大都市中、特に災害リスクの高い都市と発表したため、日本の官公庁で話題を呼んだ[7][8]

2012年太陽光発電事業者を対象とする性能保険の発売を開始した[9]

2016年にミュンヘン再保険はエルゴの大規模な再編を発表した[10]。アセットマネジメントは、同じくグループ企業のMUNICH ERGO AssetManagement GmbHで取り扱っている。

現在、主要株主はブラックロックシティグループである。

外部リンク編集

脚注編集

  1. ^ 日本法人は東京(永田町)にある。
  2. ^ a b Munich Re rights echoes San Francisco quake of 1906” (英語). デイリー・テレグラフ (2003年10月18日). 2016年9月3日閲覧。
  3. ^ Jana Tempelhoff und Dirk Ullmann, "Mitgliederverzeichnis der Max-Planck-Gesellshaft zur Förderung der Wissenschaften", 2015, p. 141.
  4. ^ マックス・プランク研究所はAT&Tに次ぐ技術力をもつ。ホルストは1981年から名誉評議員。アリアンツの副会長も務めた。
  5. ^ CONGRESSIONAL RECORD - HOUSE, April 28, 1992, p. 9478.
  6. ^ ロスチャイルドの代理人アルフレッド・ハルトマン博士は国立労働銀行のスイス支店長であった。
  7. ^ ミュンヘン再保険会社による大都市の災害危険度指数 (PDF)”. 経済財政諮問会議 (2004年10月26日). 2016年9月3日閲覧。
  8. ^ 国土交通省 東京圏の中枢機能のバックアップに関する検討会 (PDF)”. 国土交通省 (2011年12月27日). 2016年9月3日閲覧。
  9. ^ ミュンヘン再保険、メガソーラー事業者に性能保証保険、メーカー倒産時も対応”. 環境ビジネスオンライン (2012年1月20日). 2016年9月3日閲覧。
  10. ^ ミュンヘン再保険:ドイツ元受保険部門再編で1200億円強を投入へ”. ブルームバーグ (2016年6月2日). 2016年9月3日閲覧。
  11. ^ Source: International Directory of Company Histories, Vol. 46. St. James Press, 2002.