ミルティアデス (ローマ教皇)

ミルティアデス(Miltiades, ? - 314年1月10日)は、ローマ教皇(在位:311年7月10日 - 314年1月10日)。

ミルティアデス
第32代 ローマ教皇
Pope Miltiades.jpg
教皇就任 311年7月10日
教皇離任 314年1月10日
先代 エウセビウス
次代 シルウェステル1世
個人情報
出生 不明
アフリカ?
死去 314年1月10日
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人物・生涯編集

アフリカ出身といわれるが、黒人でなかったとする文章もあり、正確なことはわかっていない。「ラテラノ・ヨハネ大聖堂」(サン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ)を建設したといわれる。

前任者エウセビウスの死から4年の空白をはさんでの教皇就任であった。没後、12月10日に祭日が設けられ、列聖された。自然死だったようであるが、反キリスト教の皇帝マクシミアヌスの治下で苦しい立場の中、教皇を務めたことから殉教者であると考えられている。

「汝これにて勝て」の逸話編集

コンスタンティヌス大帝は、ミルウィウス橋の戦いへの進軍中に空中に十字架のしるしとともに、「汝これにて勝てギリシア語版ラテン語版英語版」(「エン・トゥトイ・ニカ」: εν τουτωι νικα[注 1]というギリシア文字を発見し、モノグラムキー・ローギリシア語版英語版: Chi-Rho[1][2][注 2]を旗印としたラバルムを掲げ、戦いに勝利した。

ミトラ教徒であったコンスタンティヌスは、この事件を境にキリスト教に理解を示すようになり、ミラノ勅令を発してキリスト教を公認し、ミトラ教からキリスト教に改宗した(改宗に当たっては洗礼は受けず、臨終の際に洗礼を受けたとされる)。

脚注編集

注釈編集

  1. ^ ラテン語では"In hoc signo vinces"と訳される。「汝、この徴にて勝利せよ」あるいは「この印のもと、汝は勝利する」とも。
  2. ^ キリストギリシア語綴り"Χριστός"の最初の2文字ΧΡを重ね合わせたモノグラム(組文字)でキリストを象徴する。「ラバルム』 - コトバンク」も参照。

脚注編集

  1. ^ リーダーズ英和辞典(1999年)
  2. ^ ジーニアス英和大辞典(2001年)