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モナーク工業(モナークこうぎょう)は、かつて日本に存在していたオートバイメーカーである。なお、かつてスウェーデンに存在したオートバイメーカーのモナークとは無関係である。

概要編集

1950年目黒製作所に勤務していた村田不二夫によってモナークモーターとして創業。彼はメグロの社長である村田延治の娘婿である。不二夫はハンサムな容姿で「メグロ号」の広告モデルとなったり、オートバイ雑誌の表紙も飾った。やがて不二夫も延治のようにオートレースへの興味がわくようになり独立して自身でレーサーマシンを開発しレースに出場したいと思うようになった。

そこで不二夫は延治にこのことを申し出た。最初、自身もレースへの興味からかオートバイメーカーとしての再興途上にあったことから強く反対することもできずに、桑原茂道の事故の教訓によりオートレースには今後自身が参加しないことを条件として、目黒製作所の下でオートバイを販売することとなり、旧大森工場跡を借り受けて製造を始めた。

早速、新規に開発した車体に、メグロの4st・OHV149cc「BHK」エンジンを搭載したポニーモナーク号の製造販売が開始された。やがてスポーツ仕様のオートバイ開発のためオートレースで親交の深かった野村房夫を共同経営者として招き入れ、モナーク・インターナショナルを開発した。

1955年にモナーク工業に改称するも、1962年に倒産した。

シリーズ車種編集

  • ポニーモナーク
  • モナークM3
  • モナーク・インターナショナル

参考文献編集

  • 「日本モーターサイクル史 JAPAN MOTORCYCLE HISTORY 1945→2007」八重洲出版
  • 富塚清「日本のオートバイの歴史。 二輪車メーカーの興亡の歴史」三樹書房