モルディヴのハディージェ


Al-Sultana Khadeejah Sri Raadha Abaarana Mahaa Rehendhi (ディベヒ語: އައްސުލްޠާނާ ޚަދީޖާ ސިރީ ރާދަ އަބާރަނަ މަހާރެހެންދި) 或いはより有名な表記として レヒンディ・ハディージャ (ディベヒ語: ރެހެންދި ޚަދީޖާ)で知られる。レヒンディの意味はモルディブスルターナである。1347年から80年にかけて三度統治した(第20、22、24代スルタン)。彼女はイスラーム国家におけるもっとも早期の女性統治者の一人である。

モルディブのハディージャ
12000の島々の女王,
モルディブのスルターナ
英語版
在位 1347-1380

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生涯編集

最初の即位編集

ハディージャはスルタンジャラール・ウッディーン・ウマル(ウマル一世)英語版の長女だった。彼女は ラダファティ・カバディ・キレグ英語版の異母姉だった(ラダファティは後にハディージャの最後の統治の後即位した)。ハディージャの最初の即位は兄アフマド・シハーブ・ウッディーン英語版を継いだ1347年のことである。1363年まで統治した。

二回目の即位編集

 1363年に彼女は宰相(ワズィール)兼夫である モハンマド・アル・ジャマール・ウッディーン英語版に廃位された。しかし、1364年に彼女は最初の夫を暗殺して復位した。二度目の即位は1364年から再び廃位される1374年まで続いた。1374年、二人目の夫で宰相でもあるアブド・イブン・ムハンマド・アルハドラミー(アブドッラー一世)英語版が即位した。

三回目の即位編集

 廃位の三年後の1376年、彼女は二度目の夫のアブドッラー一世を暗殺し、最後の統治を開始した。1380年まで統治した。夫達による二度の廃位にも関わらず、彼女は合計30年近く統治した。彼女の後は ラダファティ・カバディ・キレグ(ラダファティ)英語版が継いだ。

参考文献編集

イブン・バットゥータ,イブン・ジュザイイ著『大旅行記 (5) (東洋文庫 (675))』家島彦一訳、平凡社, ISBN 978-4582806915,pp213-15,pp258-60,pp468-70

史料編集

 ハディージャの統治は以下の二種類の別個の史料によって検証されている。両史料の照合は家島彦一が『大旅行記 (5) (東洋文庫 (675))』で試みている。

  • イブン・バットゥータ,イブン・ジュザイイ著『大旅行記』(1355年)
  • ハサン・タージュ・ウッディーン『マルディブ群島の王統史』の校訂・訳注,1153-1828/9年に渡るアラビア語による王統史。
    • The islamic history of the Maldive islands (Studia culturae Islamicae) by Ḥasan Tāj al-Dīn),Institute for the Study of Languages and Cultures of Asia and Africa (1982), ASIN B0007BP4KI,
    • The Islamic history of the Maldive Islands (Studia culturae Islamicae) - 2 Vol. Complete Set, by Ḥasan Tāj al-Dīn, Institute for the Study of Languages and Cultures of Asia and Africa (1984),ASIN B000IZBPCY


外部リンク編集


先代:
アフマド・シハーブ・ウッディーン英語版
モルディブのスルタン一覧英語版
1347年 - 1363年
次代:
モハンマド・アル・ジャマール・ウッディーン英語版
先代:
モハンマド・アル・ジャマール・ウッディーン英語版
モルディブのスルタン一覧英語版
1364年 - 1374年
次代:
アブド・イブン・ムハンマド・アルハドラミー英語版
先代:
アブド・イブン・ムハンマド・アルハドラミー英語版
モルディブのスルタン一覧英語版
1376年 - 1380年
次代:
ラダファティ・カバディ・キレグ英語版