ヤン・プロフォースト

ヤン・プロフォーストまたはジャン・プロヴォー(Jan Provoost または Jean Provost、1465年ごろ - 1529年1月)はフランドルの画家である。

ヤン・プロフォースト
Jan Provoost
Jan Provoost - Last Judgement - WGA18449.jpg
ヤン・プロフォースト作「最後の審判」
グルーニング美術館(蔵)
生誕1465年ごろ
モンス
死没1529年1月
ブルッヘ

略歴編集

1477年までブルゴーニュ公領であった、現ベルギーのモンスで、同名の画家ヤン・プロフォーストの息子に生まれた。父に学んだ後、ヴァランシエンヌに移り、画家、シモン・マルミオン(1425年ごろ-1489年)の弟子になった。

1489年にマルミオンが亡くなり、その3年後に、マルミオンの未亡人と結婚した。1489年にブルッヘに移り、1494年にブルッヘの市民権を得て、画家も加入しなければならない、ブルッヘの彫刻家・馬具職人組合のメンバーになった。1519年にブルッヘの組合の組合長になった。

1520年にローマ王の戴冠式への途上のカール5世のブルッヘ入城の式典の装飾を担当した。アントウェルペンにも工房を開き、アントウェルペンではアルブレヒト・デューラーと知り合い、デューラーは1521年にブルッヘのプロフォーストの邸を訪れた。1525年にブルッヘの市役所のために「最後の審判」を描いた。

1529年にブルッヘで没した。

作品編集

脚注編集

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参考文献編集

  • Cornelia Knust: Vorbild der Gerechtigkeit. Jan Provosts Gerichtsbild in Brügge mit einem Katalog seiner Werke. Göttingen: Vandenhoeck & Ruprecht 2007, ISBN 978-3-525-47907-0.