ヤーコブ・ヒレス

ヤーコブ・ヒレスオランダ語: Jacob Gilles1691年コルン英語版 - 1765年9月10日 イペンバーグ英語版)は、ネーデルラント連邦共和国の政治家。1731年よりハールレム市の法律顧問を務め、1746年9月23日から1749年5月3日まで、ホラント州法律顧問英語版を務めた[1]。当時、オーストリア継承戦争の講和交渉であるブレダ会議が続いていたが、不調に終わったためフランスはオランダに侵攻した。内憂外患の中でオラニエ公ウィレム4世がオランダ総督になったが、ヒレスは1749年まで法律顧問職に留まった[1]。以降はイペンバーグの邸宅で世間から忘れ去られたまま生活し、1765年9月10日に死去した[1]

JacobGilles.jpg

脚注編集

  1. ^ a b c Inventaris van het archief van Jakob Gilles, 1746-1749” (オランダ語). p. 7. 2018年12月2日閲覧。
公職
先代:
ウィレム・バイス英語版
ホラント州法律顧問英語版
1746年 - 1749年
次代:
ピーテル・ステイン