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ニューヨークの劇場シアター・ギルドでの公演。主演はジョセフ・シルドクラウト(左)。1921年
1946年のベルリン公演
原作者モリナール

リリオムハンガリー出身のユダヤ人作家モルナール・フェレンツの戯曲。ならず者の主人公リリオムの生と死を現実と幻想の混じり合った手法によって描いた全7場の悲喜劇[1]

目次

あらすじ編集

遊園地の回転木馬の客引きだったリリオムは仕事を失った苛立ちから妻に手を上げてしまうが、妻の妊娠を知り、生まれてくる子供のために金を作ろうと強盗を働くものの追い詰められて自殺する。天の采配により、16年後に一日だけ地上に戻り自分の子供に善行を施せたら天国に行けることとなり、16歳に成長したまだ見ぬ娘を訪ね、空から盗んできた星を手品のふりをして娘に贈ろうとするが何も知らない娘は不審がって押し問答となり、つい娘を叩いてしまう。音がするほど叩かれたのに痛みがないことを不思議がる娘に母は遠い過去を思い出す。

背景編集

モルナールは勤務していた日刊紙の主筆の娘と本作発表前の1907年に結婚したが、妊娠により神経質になっていた妻と喧嘩の末、暴力をふるったことから訴訟騒ぎに発展していた[2][3]。主人公リリオムはモルナール自身を反映したものであり、本作は妻へのある種のメッセージでもあったとみられている[4]。最初は短編小説として書かれ、その後戯曲化された。なお、この妻とは1909年に離婚した[2]

上演編集

1909年のブダペスト初演、1912年のベルリンでの公演では不評だったが、1913年のウィーン公演から人気を集め、ブダペスト、ベルリンでの再演のほか、各地で演じられるようになった[5]。1921年にはニューヨークジョセフ・シルドクラウト主演)、1926年にはロンドンアイヴァー・ノヴェロ, チャールズ・ロートンほか)で舞台化され[6]、日本でも1926年に近代劇場によって初演されて以来,1927年の築地小劇場,1933年の築地座による上演 (いずれも友田恭助主演) をはじめとして、さまざまな劇団によって繰返し上演されている[1]

映像化も幾度かされ、1930年にはフランク・ボーゼイギが、1934年にはフリッツ・ラングが映画『リリオム』を製作している。1940年にはブロードウェイバージェス・メレディス. イングリッド・バーグマンエリア・カザンにより再演され、1945年には『回転木馬 (ミュージカル)』の題でブロードウェイミュージカルとなり、1956年には同名の映画も作られた。同ミュージカルは、1950年より宝塚歌劇団でも何度か上演されている[7]

2011年にはジョン・ノイマイヤーバレエ化、ハンブルク・バレエ団アリーナ・コジョカル主演)により初演された[8]

翻案編集

1915年に森鴎外翻訳小説集『諸国物語』で「破落戸(ごろつき)の昇天」として収録された。川端康成も1924年ごろに『リリオム』の翻案と思われる小説『星を盗んだ父』(未発表)を書いている[9]

1931年の伊丹万作の映画『金的力太郎』は本作によったものと言われる[10]1954年の東宝映画『エノケンの天国と地獄』も「リリオム」を下敷きにしていると言われており、主演の榎本健一は「俺こそ色男リリオム」という歌もリリースしている[11]

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ a b リリオムLiliomKotobank
  2. ^ a b 『ラインのほとり』早川三代治 (明窓社, 1933) p279-
  3. ^ 書評 山崎國紀著「評伝森鴎外」清田文武、立命館大学、論究日本文學 87, 49-53, 2007-12
  4. ^ Ferenc Molnár The Guide to Musical Theatre
  5. ^ ドイツ語版Wikipedia
  6. ^ 英語版Wikipedia
  7. ^ 宝塚歌劇団スタディーズ: 舞台を100倍楽しむ知的な15講座植木朝子、戎光祥出版株式会社, 2007, p325
  8. ^ 『リリオム』が来る!公益財団法人日本舞台芸術振興会、2016年3月
  9. ^ 川端康成の未発表短編「星を盗んだ父」 外国文学、演劇…最初期知る貴重な資料産経新聞、2013.2.11
  10. ^ 映画五十年史筈見恒夫、鱒書房, 1947、p133
  11. ^ CD エノケンの大全集~完結篇

外部リンク編集

  • リリオム『モルナー傑作選集. 第1編』鈴木善太郎訳、金星堂、大正14年
  • 破落戸の昇天 モルナール・フェレンツ、森鴎外訳、青空文庫