ルコンフィールド男爵

ルコンフィールド男爵: Baron Leconfield)は、イギリスの貴族男爵連合王国貴族爵位。エグレモント伯爵家の庶子の系統にあたる軍人ジョージ・ウィンダム英語版が1859年に叙位されたことに始まる。1963年以降は、エグレモント男爵位を併せ持つ。

ルコンフィールド男爵
エグレモント男爵
Coronet of a British Baron.svg
Arms of Wyndham, Baron Leconfield and Egremont.svg

紋章記述

Arms:Azure a Chevron between three Lions' Heads erased Or within a Bordure wavy of the last Crest:A Lion's Head erased Or charged with a Saltire wavy Gules all within a Fetterlock the Lock Gold and the Bow countercompany Or and Azure Supporters:Dexter: a Winged Lion Azure wings inverted and plain collared Or; Sinister: a Griffin Argent gouty de sang plain collared Gules
創設時期1859年4月14日
創設者ヴィクトリア
貴族連合王国貴族
初代初代男爵ジョージ・ウィンダム英語版
現所有者7代男爵マックス・ウィンダム英語版
相続人ジョージ・ウィンダム閣下
付随称号なし
現況現存
邸宅ペットワース・ハウス英語版
モットーAu Bon Droit
(To the just, right)

歴史編集

 
邸宅ペットワース・ハウス英語版。多数の美術品が収蔵されている。

その祖ジョージ・ウィンダム英語版陸軍大佐(1787-1869)第3代エグレモント伯爵英語版の庶子にあたる人物である[1][2]。彼は1837年にサマセット公爵家に由来するペットワース・ハウス英語版、ルコンフィールド城といった邸宅及び地所を相続ののち、1859年4月14日連合王国貴族としてヨーク州イースト・ライディングにおけるルコンフィールドのルコンフィールド男爵(Baron Leconfield, of Leconfield in the East Riding of the County of York)に叙された[1][2][3][4]

その孫にあたる3代男爵チャールズ(1872–1952)が男子なく死去すると、爵位は弟ヒュー(1877–1963、4代男爵)を経て末弟エドワード(1883–1967、5代男爵)の系統に移行した[1]

その子である6代男爵ジョン(1920–1972)は政治家ハロルド・マクミランと非常に親密で、その側近の役割を果たした人物である[5]。そのため、マクミランは首相退任叙勲に際して、ジョンを連合王国貴族爵位のサセックス州ペットワースのエグレモント男爵(Baron Egremont, of Petworth in the County of Sussex)に叙することでその功を労っている[5][6]

その息子である7代男爵マックス(1948-)王立文学協会英語版会員を務める作家であり[7]、2020年現在も彼が男爵家当主を務めている[1]

一族の邸宅は、ウェスト・サセックスペットワース英語版に位置するペットワース・ハウス英語版(Petworth House)[1]。邸宅には伯爵家時代からの美術品が多数収蔵されており、ジェゼフ・ターナーの絵画やヴァン・ダイクの彫刻をはじめとする作品が含まれているという[8]

現当主の保有爵位編集

現当主であるジョン・マックス・ヘンリー・スコーエン・ウィンダム英語版は、以下の爵位を有する[1]

  • 第7代ヨーク州イースト・ライディングにおけるルコンフィールドのルコンフィールド男爵
    (7th Baron Leconfield, of Leconfield in the East Riding of the County of York)
    (1859年4月14日の勅許状による連合王国貴族爵位)
  • 第2代サセックス州ペットワースのエグレモント男爵(2nd Baron Egremont, of Petworth in the County of Sussex)
    (1963年11月27日の勅許状による連合王国貴族爵位)

ルコンフィールド男爵(1859年)編集

 
初代男爵。1870年頃。

爵位の法定推定相続人は、現当主の息子であるジョージ・ローナン・ヴァレンティン・ウィンダム閣下(1983-)。

脚注編集

註釈編集

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出典編集

  1. ^ a b c d e f Heraldic Media Limited. “Leconfield, Baron (UK, 1859)” (英語). www.cracroftspeerage.co.uk. Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2020年9月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月7日閲覧。
  2. ^ a b Cokayne, G. E., ed (1893). Complete Peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct, or dormant (L to M). 5 (1st ed.). London: George Bell & Sons. p. 34. https://archive.org/details/completepeerage05cokahrish/page/n35/mode/2up 
  3. ^ "No. 22248". The London Gazette (英語). 12 April 1859. 2020年10月19日閲覧
  4. ^ Arthur G.M. Hesilrige (1921). Debrett's peerage, and titles of courtesy, in which is included full information respecting the collateral branches of Peers, Privy Councillors, Lords of Session, etc. Wellesley College Library. London, Dean. p. 548. http://archive.org/details/debrettspeeraget00unse/page/548 
  5. ^ a b Mark Garnett, Mark Garnett. "Wyndham, John Edward Reginald, first Baron Egremont and sixth Baron Leconfield". Oxford Dictionary of National Biography (英語) (online ed.). Oxford University Press. doi:10.1093/ref:odnb/31860 (要購読、またはイギリス公立図書館への会員加入。)
  6. ^ "No. 43171". The London Gazette (英語). 29 November 1963. 2020年10月19日閲覧
  7. ^ Royal Society of Literature » Max Egremont (Lord Egremont)”. rsliterature.org. 2020年10月19日閲覧。
  8. ^ Russell, Miles (2016). “Sanctioning Memory: Changing Identity. Using 3D laser scanning to identify two 'new' portraits of the Emperor Nero in English antiquarian collections”. Internet Archaeology (42). doi:10.11141/ia.42.2. 

関連項目編集