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レニー・ロブレドLeni Robredo, 1964年4月23日- )は、フィリピン政治家フィリピン共和国副大統領である。既婚。

レニー・ロブレド
Leni Robredo
Leni Robredo (2).jpg
生年月日 (1964-04-23) 1964年4月23日(55歳)
出身校 フィリピン大学ディリマリン校
サン・ベダ大学
ヌエヴァ・ケイサーズ大学
前職 弁護士、下院議員
所属政党 自由党 (フィリピン)
配偶者 ジェシー・ロブレド
公式サイト Leni Robredo

在任期間 2016年6月30日 -
元首 ロドリゴ・ドゥテルテ
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来歴編集

ルソン島南部のビコル半島に位置するナガ (カマリネス・スル州)出身。

元自治大臣のジェシー・ロブレド英語版夫人であったが、2012年6月にジェシーが飛行機事故で死亡して[1]以降、ビコル地方のカマリネス・スール州の下院議員になった。夫のジェシー・ロブレドと同様、レニ・ロブレドは、汚職・不正の追放と貧困問題の解決に真摯に取り組んできたことで定評がある。彼女は、フィリピン大学卒業後、子育てをしながら司法試験の勉強をし、試験に合格して弁護士になってからは、貧困層の人々の法律相談をしていた[2]

2016年フィリピン大統領選挙において、ベニグノ・アキノ3世陣営から出馬し、ボンボン・マルコスらを退け、フィリピン共和国副大統領に当選し[3]6月30日に就任した[4]。しかしロドリゴ・ドゥテルテ大統領はマルコス家と長い付き合いがあったため、ロブレドとの面会はしばらく行われなかった[5]。7月より閣僚級の住宅都市開発調整委員会委員長を兼任。

11月にフェルディナンド・マルコス元大統領の遺体を、マニラ首都圏タギッグ市の英雄墓地(リビンガン・ナン・マガ・バヤニ)に埋葬することを決定したドゥテルテ大統領に対し、マルコス政権下の戒厳令で、苦しんだフィリピン国民を侮辱する行為だとして批判した[6]

また、ドゥテルテの超法規的殺人を伴う麻薬戦争にも反対するなど、両者の対立は深まっていき、ドゥテルテが閣議に参加しないよう発言したことをきっかけに、12月5日に住宅都市開発調整委員長の辞表を提出。ドゥテルテもこれを受理したが、副大統領職には留まった[7]

脚注編集

外部リンク編集