「ロース石」の露頭。母島、沖村集落

ロース石(ロースいし)は、小笠原諸島母島でかつて産出されていた石材

概要編集

江戸時代末期に母島に居住していたドイツ系住民フレデリッキ・ロルフスラルフが発見し、後に移住してきた日本人に利用方法を伝えたことから、ロース石の名がついた。凝灰岩質で、耐火性に優れ加工がしやすいことから建材のほかかまど七輪石臼、流し台などに加工されて用いられてきた[1]

保存編集

かつて島の特産品であった砂糖の収容庫や郵便局農協などに用いられてきた建物がロース記念館として保存されている。また、船客待合室の壁には再利用したロース石が張られている。

出典編集

  1. ^ ロース石関係資料”. 東京都文化財情報データベース. 東京都. 2015年12月25日閲覧。