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三島鴨神社(みしまかもじんじゃ)は、大阪府高槻市にある神社式内社論社で、旧社格郷社

三島鴨神社
Mishimakamo-jinja haiden.JPG
拝殿
所在地 大阪府高槻市三島江2-7-37
位置 北緯34度48分10.69秒
東経135度36分39.02秒
座標: 北緯34度48分10.69秒 東経135度36分39.02秒
主祭神 大山祇神
事代主神
社格 式内社(小)論社
郷社
創建 不詳
例祭 10月20日
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大鳥居

社伝では、伊予大山祇神社伊豆三嶋大社とともに「三三島」と呼ばれたという[1]。また、日本で最初の三島神社(山祇神社)とされる。

祭神編集

現在の祭神は以下の2柱[2]

『伊予国風土記』逸文によれば、伊予国乎知郡(越智郡)御島に坐す大山積神(大山祇命に同じ)は、またの名を「和多志の大神」といい、仁徳天皇の御世に百済より渡来して津の国の御島に鎮座していたという[3]
「津の国の御島」とは摂津国三島(現 高槻市三島江)を指すとされ、この記述によれば大山祇神社愛媛県今治市)の祭神は元々は当地の神とされる。なお、この「大山積神」は記紀の記す大山祇神と別の神格であるという指摘もある[4]
事代主神は鴨氏の氏神とされ、当地に鴨氏の進出が背景にあるとされる[4]
日本書紀』神代巻には、事代主神が八尋熊鰐となって三島溝橛耳の娘・三島溝樴姫(玉櫛媛)のもとに通い、生まれた媛蹈鞴五十鈴媛命神武天皇の后になったと記す。三島溝橛耳一族の氏神として、当社近くには溝咋神社が祀られている。

歴史編集

創建編集

創建は不詳。当社は元々淀川の川中島(御島)に祀られていたといい、社伝では仁徳天皇茨田堤を築くにあたって、淀川鎮守の神として百済から遷り祀られたという[5]

上記の『伊予国風土記』逸文によると、大山積神は百済から当地に祀られ、次いで伊予国の大山祇神社に遷座したとされる。同文に見える「津の国の御島」が当社であれば、大山祇神社大三島瀬戸に鎮座したのが推古天皇2年(594年)とされているので、当社はこれ以前の創建となる。なお、当社では伊豆の三嶋大社へも当社から御魂が遷されたとしている[5]

一方、事代主神が祭神として祀られていることから、鴨氏の進出が指摘されている[4]。そして、すでに淀川の渡船の神として祀られていた大山祇神(三島神)と事代主神(鴨神)が合祀されたことで、「三島鴨神社」の社名が生まれたとされる[4]

概史編集

国史では、『日本三代実録元慶8年(884年)12月21日条に、「摂津国三島神」に対して正六位上から従五位下の神階を授けたという記述がある。また延長5年(927年)編纂の『延喜式神名帳』には、式内社として「摂津国島下郡 三島鴨神社」の記載があり、その論社とされる。ただし、上記のいずれも、他の論社として高槻市赤大路町の鴨神社も指摘される[1]

式内社の比定に関して、当社は島上郡の位置、赤大路町の鴨神社は島下郡の位置とみられ、郡域としては後者が有力視される[6]。また、当社が古くは「幾島大明神」と称したことも、当社を比定しない根拠の1つとされている[1]。一方で、『伊予国風土記』逸文で大山積神の別称として「和多志(渡し)の神」と記すことから、河川から離れた鴨神社はこれに当たらないという指摘もある[4]。いずれにしても、現在も特定には至っていない。

当社は、元々は淀川の中洲である川中島(御島)にあったとされる[5]。しかしながら慶長3年(1598年)の淀川堤防修築の際に現在地に移されたという[1]元和5年(1619年)には、高槻藩主松平家信から2石が寄進された[1]

明治に入り、近代社格制度では郷社に列した。明治41年(1908年)、唐崎神社や天満社等周辺の神社を合祀した[1]

神階編集

  • 元慶8年(884年)12月21日、正六位上から従五位下 (『日本三代実録』) - 表記は「三島神」。ただし異論もある

境内編集

摂末社編集

  • 八幡宮
  • 唐崎神社
  • 三社
    • 大将軍社、厳島神社、竃神社
  • 國廣大明神

祭事編集

  • 月次祭 (毎月1日、15日)[7]
  • 歳旦祭 (1月1日)
  • 焚上祭 (1月15日)
  • 節分祭 (2月3日)
  • 春祭 (4月20日)
  • 戦没者追悼平和祈念式 (9月)
  • 唐崎神社秋祭り (10月20・21日)
  • 秋祭宵宮祭 (10月第4土曜)
  • 秋祭 (10月第4日曜)
  • 七五三詣 (11月1日-30日)
  • 御火焚祭 (12月20日)

古くは、『日本書紀』神代上にある事代主神が三島溝樴姫に通ったという故事に基づき、三島溝樴姫を祀る溝咋神社と同日に神幸を行なっていたという[1]

現地情報編集

所在地
交通アクセス
周辺
  • 三島江 - 歌枕の地として知られ、近世以後は淀川の河港として栄えた。

脚注編集

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  1. ^ a b c d e f g 『大阪府の地名』三島鴨神社項。
  2. ^ 境内案内/本殿(公式サイト)。
  3. ^ 『釈日本紀』巻第6 御嶋条。
  4. ^ a b c d e 『日本の神々』三島鴨神社項。
  5. ^ a b c 歴史(公式サイト)。
  6. ^ 『大阪府の地名』鴨神社項。
  7. ^ 祭事は祭典行事(公式サイト)による。

参考文献編集

  • 『日本歴史地名体系 大阪府の地名』(平凡社)高槻市 三島鴨神社項
  • 松下煌「三島鴨神社」(谷川健一 編『日本の神々 -神社と聖地- 3 摂津・河内・和泉・淡路』(白水社))

関連項目編集

外部リンク編集