メインメニューを開く

三熊野神社(みくまのじんじゃ)は、静岡県掛川市に鎮座する神社で「神紋=右三つ丁子巴」である。

三熊野神社
三熊野神社(鳥居・拝殿).jpg
所在地 静岡県掛川市西大渕5631-1
位置 北緯34度40分56.97秒
東経137度59分0.57秒
主祭神 伊邪那美命
速玉男命
事解男命
社格県社
創建 伝大宝年間(8世紀初頭)
本殿の様式 流造
例祭 4月第一金曜日から翌々日まで
遠州横須賀三熊野神社大祭
主な神事 神子抱き神事(子授け神事)
テンプレートを表示

概要編集

静岡県掛川市に鎮座し、近隣には横須賀城がある。文武天皇の命により大宝年間(7世紀初頭)に創建されたとされている。祭神伊邪那美命速玉男命事解男命の3柱であり、熊野三山から勧請されたとされている。文武天皇により同時に創建された御前崎市高松神社、掛川市の小笠神社とともに「遠州熊野三山」とも称される。

祭事編集

遠州横須賀三熊野神社大祭編集

4月の第一金曜日から3日間にわたり、三熊野神社では例祭が行われる[1]。この例祭は「遠州横須賀三熊野神社大祭」と呼ばれており、神輿の行列や二輪屋台祢里(ねり)」の引き廻しが行われ[1]、例年多くの観光客を集めている。

神子抱き神事(子授け神事)編集

遠州横須賀三熊野神社大祭」2日目に、神子抱き神事(子授け神事)が行われる。この神事では、参拝者は「おねんねこさま」と呼ばれる神子人形を抱いて渡御行列に加わる[2]。遠方から子授け祈願に来る人も多く、大祭のもうひとつの名物となっている。

歴史編集

文武天皇により大宝年間(7世紀初頭)に創建されて以降、熊野信仰などを背景に住民からの信仰を集めた。

文武天皇皇后藤原宮子)が「安産にて皇子誕生せば、東に三つのお社を建てまつり、日夜敬い申し上げる」と熊野三山に誓願し、ぶじ安産(後の聖武天皇)となった神恩に感謝して、大宝元年(701年)に創建された。熊野三山のうち熊野本宮大社を勧請したもので、朝廷から神領として笠原の庄を与えられた。建武2年(1335年)元旦、新田義貞が戦勝祈願のために参拝し、楠木正成の鈴を奉納したと伝えられている。天正6年(1578年)に徳川家康が当地に横須賀城を築城すると、歴代城主・家臣や城下近郷から崇敬された[3]

元禄年間(1690年前後)には既に祭礼が存在していたとされるが、当時は氏子らによる舞踊が主であった[4]

その後、横須賀藩藩主西尾忠尚江戸幕府老中に就任し、江戸での公務の際に見聞した神田祭山王祭を地元に伝えたことから、1720年前後、屋台の引き廻し等が祭礼に導入された[4]。また、西尾の家臣らは江戸で祭囃子を習得し、それが横須賀に齎され三社祭礼囃子として今に伝わったとされる[4]

文化財編集

以下の文化財が静岡県および掛川市の有形文化財に指定されている[5]

静岡県指定有形文化財(建造物)

  • 本殿

静岡県指定有形文化財(絵画)

  • 絵馬44点

掛川市指定有形文化財(彫刻)

  • 天狗面
  • 狛犬

また、三熊野神社に関連する民俗文化財として、「地固めの舞田遊びの舞」および「三社祭礼囃子」が静岡県指定重要無形民俗文化財に指定されている[5]

祭神編集

摂末社編集

境内には次の3社が鎮座する。

境内社

脚注編集

[ヘルプ]
  1. ^ a b 掛川市役所商工労働観光課『三熊野神社大祭』掛川市役所、2008年6月9日
  2. ^ 三社権現 三熊野神社ホームページ. “神子抱き神事”. 2016年7月31日閲覧。
  3. ^ 三社権現 三熊野神社ホームページ. “三熊野神社について 御由緒と御神徳”. 2016年7月31日閲覧。
  4. ^ a b c 掛川市役所商工労働観光課『三熊野神社大祭・紹介』掛川市役所。
  5. ^ a b 掛川市教育委員会社会教育課文化財係『指定文化財一覧表』掛川市役所、2011年9月23日閲覧。

関連人物編集

関連項目編集