上原貴美子
略歴
編集- 大正8年(1919年)10月20日 糸満の資産家、上原家の三女に生まれる。
- 大正13年(1924年) 父親(37)死す。すでに長男と姉二人は夭折。
- 昭和12年(1937年)4月 那覇の元順看護婦養成所に入所。
- 昭和13年(1938年)4月 那覇の愛生病院内の産婆養成所に入所。
- 昭和14年(1939年)4月 愛生病院の産婦人科に就職。
- 昭和19年(1944年)6月 沖縄陸軍病院に採用され、第一外科勤務となり婦長を命じられる。
- 昭和19年(1944年)10月10日 米空軍による空襲十・十空襲により沖縄陸軍病院は那覇から南風原に移動する。
- 昭和20年(1945年)3月23日 師範学校女子部と県立第一高等女学校の生徒、沖縄陸軍病院に入隊する(ひめゆり部隊)。
- 昭和20年(1945年)5月24日 沖縄陸軍病院は南風原から南部へ撤退する。
- 昭和20年(1945年)6月19日 山城丘陵にて医師、上原を含めた看護婦3人でいるところを米軍の砲弾が直撃し、看護婦一人をのこし、戦死する。(比嘉賢昌・外科診療主任、上原婦長、国吉看護婦、大城看護婦)
大城看護婦は存命。
文献
編集- 仲宗根政善『ひめゆりの塔をめぐる人々の手記』角川書店、1982年4月、ISBN 4041515017
- 宮良ルリ『私のひめゆり戦記』ニライ社、1986年8月、ISBN 4880241768
- 長田紀春、具志八重『閃光の中で 沖縄陸軍病院の証言』ニライ社、1992年6月、
- 香川京子『ひめゆりたちの祈り 沖縄のメッセージ』朝日新聞社、1993年7月、ISBN 4022607718
関連項目
編集- 沖縄戦
- ひめゆりの塔
- ひめゆり平和祈念資料館
- ひめゆり隊と同じ戦火を生きた少女の記録 最後のナイチンゲール - 上原をモデルとした長谷川京子主演のドラマ