下地町 (愛知県)

日本の愛知県宝飯郡にあった町

下地町(しもじちょう)は、愛知県宝飯郡にかつて存在した。現在の豊橋市の一部に該当する。

しもじちょう
下地町
廃止日 1932年9月1日
廃止理由 編入
現在の自治体 豊橋市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
宝飯郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 6,553
(1930年10月1日)
下地町役場
所在地 愛知県宝飯郡下地町
座標 北緯34度46分39秒 東経137度23分08秒 / 北緯34.7775度 東経137.38547度 / 34.7775; 137.38547 (下地町)座標: 北緯34度46分39秒 東経137度23分08秒 / 北緯34.7775度 東経137.38547度 / 34.7775; 137.38547 (下地町)
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豊川の北岸の町であり、旧東海道が通る交通の要所であった。宝飯郡と渥美郡を結ぶ豊川の橋が豊橋であり、豊橋市の地名の由来である。

歴史 編集

  • 江戸時代末期、この地域は三河吉田藩領、寺社領などであった。
  • 1878年明治11年) -
    • 横須賀村と藪下新田が合併し、津田村となる。
    • 大磯村、沖木村、住吉村、柴屋村が合併し、大村となる。
  • 1884年(明治17年) - 大村と大蚊里村が合併し、大村となる。
  • 1889年(明治22年)10月1日 -
    • 町村制により、下地村が発足。
    • 大村と長瀬村が合併し、大村となる。
    • 下五井村、清須新田、津田村、瓜郷村が合併し、鹿菅村となる。
  • 1891年(明治23年)10月16日 - 下地村が町制施行し、下地町となる。
  • 1906年(明治39年)7月1日 - 下地町、大村鹿菅村 が合併し、下地町となる。
  • 1932年(昭和7年)9月1日 - 豊橋市に編入

学校 編集

交通機関 編集

脚注 編集

関連項目 編集