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二条院

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二条院(にじょういん)

  • 第70代後冷泉天皇の中宮・章子内親王女院が宣下された際に定められた院号
  • 第78代二条天皇が崩御した際に贈られた追号[1]
  • 上記の二条天皇が里内裏としていた押小路東洞院第(おしのこうじ ひがしとういん だい)の通称[2]
  • 源氏物語』で、主人公の光源氏が前半生を過ごした二条東洞院の邸宅。同作が執筆されていた当時、実際にその地には「二条殿」と呼ばれた藤原道長の邸宅の一つが建っていた[3]

注釈・出典編集

  1. ^ 平安時代中頃から江戸時代後期までのおよそ900年間に在位した天皇は、安徳天皇を唯一の例外として、いずれも院号で「◯◯院」と追号されていた。これを一律に天皇号で「◯◯天皇」と改めたのは明治維新後のことである。
  2. ^ 二条大路に面していたことから。二条院の追号は彼がこの二条院里第で崩御したことにちなむ。
  3. ^ 「光源氏の『二条院』はどこにあったか?」(増淵勝一『源氏物語の謎』、国研ウェブ文庫、2014年10月29日閲覧)