(はく)は、古代中国の地名である。の都があったと伝えられる。

史記』によれば、商はたびたび居住地を変えたが、天乙(成湯)に至ってはじめて亳に遷った[1]。湯は王朝を滅ぼして殷の王になり、亳がその都になった。後、帝仲丁が都をに移し、その後も転々としたが、帝盤庚が成湯の故地に遷ってまた都を置いた[2]。後、帝武乙のときにまた亳を去って黄河の北に都を移した[3]

河南省二里岡遺跡に比定する説がある。

脚注編集

  1. ^ 『史記』殷本紀第3。新釈漢文体系『史記』1の115頁。
  2. ^ 『史記』殷本紀第3。新釈漢文体系『史記』1の128-129頁。
  3. ^ 『史記』殷本紀第3。新釈漢文体系『史記』1の132-133頁。

参考文献編集